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デルフリンガーにお仕置きをして数時間後。 ルイズは、ティファニアの家に泊まることになった。 ティファニアは、マチルダから送られてくる仕送りでウエストウッド村の孤児院を運営している。 だが、マチルダが現在「ロングビル」と名を変えていることや、「土くれのフーケ」と呼ばれていた事も知らないようだった。 ルイズを案内してくれた男は、既にシティオブサウスゴータへと帰っている。 マチルダからの信頼を得ているという事で、神聖アルビオン帝国の動向を、可能な限り探ってくれるとか。 子供達も寝静まった夜、ルイズはティファニアの部屋にお邪魔していた。 ベッドに座ったティファニアは、膝の上にデルフリンガーを乗せて、心配そうにデルフリンガーを見ていた。 ルイズはティファニアに向かい合うように椅子を動かし、そこに座る。 「デルフ、もう、やりすぎたのは謝るから拗ねないでよ」 『俺もうダンスなんて嫌だ…嫌だ…』 「デルフリンガーさん、すごく怖がってますけど…ダンスって、あの、踊ることですよね?」 「一般的にはね」 『な、なあ、もうその話は止めてくれねえか』 「ご、ごめんなさい」 ティファニアはデルフリンガーに謝ると、ベッドから立ち上がり、デルフリンガーをルイズに手渡した。 ルイズは受け取ったデルフをテーブルの上に置きつつ、隣の部屋から持ってきたオルゴールをティファニアに渡した。 ティファニアはどこか懐かしそうにオルゴールを見つめつつ、オルゴールの蓋を開けた。 「聞こえますか?」 ルイズの耳に、どこか懐かしく感じられる調べが聞こてきた。 「ちゃんと聞こえるわ。ねえ…そのオルゴール、もしかして音を聞くためには、何か別の物が必要じゃない?」 ルイズの言葉に、ティファニアははっとなった。 そしてしばらくの沈黙の後、ティファニアはこのオルゴールと自分との関係を話し出した。 「わたしの父は、アルビオンの財務監督官だったの。家には父が管理していた財宝が沢山あって……私は小さい頃、それでよく遊んでたの」 喋りながらも、ティファニアはオルゴールを懐かしそうに見つめている。 おそらくこのオルゴールには、ティファニアの思い出が詰まっているのだろう。 「このオルゴールは、王家に伝わる秘宝だって父は言っていたけど、でもね、あけても鳴らなかったの。だけど、わたしはある日気づいたの」 「指輪を嵌めると音が聞こえる…」 ルイズが呟く。その手には、いつ取りだしたのか、風のルビーが嵌められていた。 「やっぱり、指輪を持っていたんですか……あの、その指輪は」 「この間、ウェールズ皇太子を亡命させたとき、報酬として貰ったのがこの『風のルビー』よ」 「…………」 ティファニアが俯いたまま、視線だけ上げてルイズを見る。 何処か怖がっているのか、不審がっているのかしているのだろうか。 「マチルダに喋ったら『余計なことを…』って怒ってたわよ」 マチルダの名前が出たことで、ティファニアは少し驚いた。 「マチルダ姉さんも知ってるんですか?」 「ええ」 「じゃあ、マチルダ姉さん、王家への復讐を諦めてくれたのかな……」 ルイズはこの時、ティファニアが本当に争いを嫌っているのだと感じた。 ウェールズに味方した話をしたのだ、ルイズがジェームズ一世寄りの人間だと思われてもおかしくない。 だがそんな事よりも、マチルダの復讐を止めて欲しいと、彼女は願っているのだ。 「……驚いたわね、本当に争いが嫌いなのね」 「うん、わたし、もう誰かが傷つくのは見たくない」 「だから”忘却”の魔法を最初に覚えたのね、私とは大違いだわ…ふふっ」 ルイズはどこか自虐的な笑みをこぼした。 二人は、オルゴールについて、現時点で判っていることを話し合った。 このオルゴールは、マチルダからの仕送りと一緒に届けられたものらしい。 ガラクタとして、古美術商に安く売られていたものを買い取り、ティファニアに送ったそうだ。 ティファニアは子供の頃、父の管理する財宝で遊んでいたが、その時のことをマチルダが覚えていたらしい。 このオルゴールを覚えていてくれたのが、ティファニアにはとても嬉しかった。 ルイズはそれを聞いて、少し心が痛くなった。 マチルダから送られてくる仕送りは、マチルダが得意とする練金で稼いだものだと思われている。 彼女が『土くれのフーケ』と呼ばれ、貴族の財宝を盗んでいるのだと、ティファニアは知らないのだろう。 そもそもこのオルゴールは、ニューカッスル城から脱出する際、報酬の代わりに貰ってきたものだ。 金目の物、珍しそうな物を見繕って袋に入れ、それを体中にくくりつけて脱出したのだが……その中にこんな重要なアイテムがあるとは思っても見なかった。 このオルゴールは、報酬としてマチルダに渡したものの一つ。 巡り巡ってティファニアの元に届いたのは運命の悪戯とでも言うべきなのだろうか。 そしてこのオルゴールの音についてだが、聞こえると解ったのは偶然らしい。 ティファニアの耳はエルフと同じように尖っており、人目に付くようなことは許されなかった。 遊び相手になってくれたのはマチルダと、父の管理する宝物類だったそうだ。 ある日、秘宝とされている『指輪』を嵌めた時、どこからか懐かしいメロディが聞こえてきた。 音の出所を探して戸棚を開けていくと、壊れていると思われていたオルゴールから音が鳴っているのに気づいたのだ。 だが、その音はティファニアにだけ聞こえており、マチルダの耳には決して届かなかった。 『指輪』をマチルダに嵌めさせて、音が聞こえるか確認したこともあったが、それでも音は聞こえなかった。 ティファニアだけに聞こえるオルゴール、それが何を意味するのか、子供の頃はまったく解らなかった。 だが、王家から差し向けられた兵士に殺されそうになった時……突然、オルゴールから聞こえてきたメロディと、何かの魔法のルーンが浮かんだ。 父から与えられた杖を手に、そのルーンを唱えたところ、兵士達の記憶からティファニアのことがすっぽりと抜け落ちてしまったらしい。 「なるほど…デルフ、あんた、何か知ってるんじゃないの?」 ルイズがデルフリンガーに聞くと、デルフはカタカタと鍔を動かして答えた。 『間違いねーな、始祖のオルゴールから聞こえてきたのは、”虚無”の魔法だ』 「虚無って言うんだ、知らなかった。私のことを知ってる人は『先住魔法』だって言うんだけど、違ったのね」 「そのことは、あまり人に言わないほうがいいわね」 「どうして?」 「〝虚無〟は伝説扱いされてるの。始祖ブリミルから6000年…使い手がいないままだとされてきたわ。もしそれを知られたら、貴方の力を利用しようとする奴が現れるわよ」 「伝説? 大げさね!」 ティファニアが笑う、ルイズはその様子を見て、太ももに隠していた杖を取り出した。 「こんなできそこないのわたしが、伝説? おかしくなっちゃうわ!」 「本当よ、先住魔法だとしても、虚無だとしても、貴方は危険に巻き込まれることになるわ」 「でも、大したことはできないのよ、記憶を奪うだけだもの」 「……虚無は、記憶を奪うだけじゃないのよ」 「えっ?」 ふとルイズの手を見ると、いつの間にかルイズの手には杖が握られていた。 ティファニアは突然のことに驚いた、『石仮面』が傭兵とは聞いていたがメイジだとは聞いていなかったからだ。 「これから…貴方とは別の”虚無”を見せるわ、『イリュージョン』といって、簡単に言えば幻を作り出す魔法よ」 「あ、あなたも、その、魔法を使えるの?」 ティファニアはルイズの記憶を奪うべきだろうかと考え、杖に手を伸ばしたが、その考えはすぐに消えてしまった。 「……………………………………………」 ルイズが、虚無独特の長い詠唱を開始する、すると小声にもかかわらず、その声に聞き入ってしまうのだ。 ティファニアが聞いたことのないルーン、だが、なぜか懐かしい。 オルゴールから聞こえてきた歌のように、どこか懐かしく、そして心が安らぐのだ。 イリュージョンの詠唱が完了し、ルイズが杖を降ると、ティファニアの目の前の空間がゆらぎ、雲が集まるかのように何かが形作られていく。 間もなく、その雲は人の形を取り、色が付き……ルイズの知るミス・ロングビルの姿が作り出された。 「マチルダ姉さ…えっ?」 ティファニアがマチルダに触れようとしたが、触れられない。 驚きつつも再度触れようとするが、やはり触れることは出来なかった。 「これが”虚無”の一つ、『イリュージョン』よ。やろうと思えば空だって、闇夜だって作り出せるわ」 しばらくの間、不思議そうにマチルダの姿を確認していたティファニアだったが、ルイズの言葉を聞いて現実に引き戻された。 「ティファニア、よく聞いて。虚無の魔法は強力過ぎるの…だから、絶対に人に知られては駄目よ」 「わかったわ。石仮面さんがそうまで言うなら、誰にも言わない。というか話す人なんか元からいないし、バレたところで記憶を奪えばいいだけの話だし……」 世間から外れた場所で育ってきたティファニアには、事の重大さがイマイチよく判らないのか、ルイズが思っていたよりも軽い調子で話した。 「解ってくれればいいけど…ちょっと心配ね。ところで私、ティファニアに聞いておきたいことがあるの」 「どんなこと?」 「私を是に案内してくれた彼、王家に伝わる『アンドバリの指輪』の使い道を、貴方の母が知っていたと言っていたわ。でも貴方は『母の形見だ』と言った…ちょっと変だと思わない?」 「おかしくはないわ、」 くだけていた雰囲気が、急速に冷めていく。 ティファニアの表情から笑みが消え、どこか落ち着きなさそうに虚空に眼を泳がせていた。 「些細な食い違いよ…でも、どうしても気になるのよ」 「………」 ティファニアは、気まずそうに俯いた。 「わたし、一度、人間が怖くなったの。それで、あの人にも…」 「記憶を奪ったのね」 「うん、それを諫めてくれたのはマチルダ姉さんだった。『味方してくれる人まで疑ったら、あなたは独りぼっちになってしまう』……って」 「そんなことがあったんだ……マチルダの奴、格好いいこと言うじゃない」 ルイズは少しだけ、ティファニアに同情した。 自分は吸血鬼、ティファニアはエルフ。 人間から見れば、討伐対象には違いはない。 自分は何人もの人間を殺した、だが、ティファニアは人を殺すどころか、争いそのものをを嫌っている。 なのに、人間は『エルフ』という理由だけでティファニアを殺そうとするだろう。 以前のルイズには考えられない事だったが、今のルイズには、その疎外感と孤独感、そして不安感がよく理解できた。 ティファニアは両親を亡くした、だがマチルダと子供達がいる。 私は、両親に会えなくなり、学院にも行けなくなったが、アンリエッタとマチルダがいてくれる。 半ば脅迫のようにマチルダを仲間に引き込んだが、それは寂しさを紛らわすためだと、ルイズ自身よく自覚していた。 ふとティファニアを見ると、眠そうに目をこすっている。 「今日はもう休みましょう、ごめんね夜中までつきあわせて」 「ううん…久しぶりの話し相手で、嬉しかったわ。おやすみなさい、石仮面さん」 「ええ、おやすみ」 静かにティファニアの部屋の扉を閉めると、ルイズはティファニアから指示された部屋に入り、ローブを脱いだ。 デルフリンガーをベッドの脇に置き、余計な服を脱いで、簡素な下着とシャツのみの姿でベッドに入る。 お世辞にも上質なベッドとは言えなかったが、野宿に比べれば十分すぎるほど快適だ。 「神の左手ガンダールヴ、勇猛果敢な神の盾。左に握った大剣と、右に掴んだ長槍で、導きし我を守りきる…か」 ルイズはベッドの脇に置いたデルフリンガーを鞘から抜き、刀身に足を絡め、鍔を胸で抱きしめた。 『おいおい、危ねーよ』 「あたしの身体は切れても平気だって知ってるでしょう?それとも何、女は斬りたくないとか?」 『まあ、そんなもんかなあ』 「デルフ……あなたも、もう少し丁度よい大きさなら、私の身体を鞘にできたのにね」 『!? いきなり何言い出すんだ、おめーは!』 「……この身体になってから、性別とか、あまり気にならなくなったわ。男女関係なく、食欲とは別の意味で、『欲しい』と思うのよ……」 『だからって、おめえ、俺は剣だぜ』 「解ってるわよ、でも、何かを受け入れたいと思う気持ちが止まないの、私にとって必要な人がいない…そんな感じ」 『必要な人、ねえ』 「……神の左手ガンダールヴ、左に握った大剣…デルフ、これ貴方の事じゃないの」 『………』 「あなた、6000年生きているって言ったわね、眉唾物だと思っていたけど、違うわ…貴方は本物、生きた伝説よ」 『そーだっけ?』 「とぼけないで、虚無の担い手が私とティファニア以外にもいて、それぞれに使い魔がいる…それを知っていたんでしょう?」 『思い出したのはつい最近だ、それに確実じゃねえ。なら言う必要もねえだろ」 デルフリンガーはぶっきらぼうに言い放つ、ルイズはそれに少しむっとしたが、怒りはしなかった。 「教えて」 『何をだい?』 「私やティファニアが虚無に目覚めたのは、偶然じゃない。何か理由とか、あるんでしょう」 『さあね。おりゃあ所詮剣に過ぎねえ。深いことまではわからん』 「ガンダールヴって何?あなたを使っていたのなら、それは人間か、亜人?」 『よく思い出せねえよ』 「はぐらかさないでよ、私の、私の足りないものが、そこにある気がするんだから」 『そうは言ってもよ、6000年だぜ、細かいところまでいちいち覚えちゃいねえよ』 デルフが言う 「本当に、そう?」 『…………』 「…………」 室内に沈黙が流れる。 どれくらいそうしていただろうか、気が付くとデルフリンガーの冷たい刀身が、ルイズの体温で少し暖まっていた。 それを自覚したデルフリンガーは、ルイズの寝息が聞こえてきた頃を見計らって、カチャカチャと鍔を鳴らした。 『戦って欲しくねえのさ、特に、嬢ちゃんにはな』 ルイズからの返事は無かった。 翌朝早く、ルイズはティファニアを起こした。 ティファニアや子供達に情が移ると思うと、どこか後ろめたい気持ちが心を支配するのだ。 だから、子供達が起きる前に、ウエストウッドを離れようとした。 「もっと、ゆっくりしていっても……」 「ごめんなさいね、私にもやることがあるの。洗脳された人たちを正気に戻さないといけないし…そうそう、これ、貴方に渡しておくわ」 ルイズは自分の指から『風のルビー』を外し、ティファニアへと渡した。 指輪をフィットさせるルーンを教えて、唱えさせる、すると指輪の輪がティファニアの指に丁度よい大きさとなった。 「これ、石仮面さんにとっても大切な物じゃないの?」 「いいのよ、オルゴールと指輪は貴方のもの、これから先…記憶を消す”忘却”の魔法だけでは手に負えない危機が迫ったとき、必要になるかもしれないもの」 「……じゃあ、もう、いってしまうんですね。あの…マチルダ姉さんに、危険なことはしないでって、伝えて下さい」 「わかったわ、ちゃんと伝えておくから心配しないで」 ルイズは、ティファニアに背を向け、森の中へと歩いていった。 ティファニアはルイズの姿が見えなくなっても、じっとルイズの去っていった方角を見つめていた。 ウエストウッド村から適度に離れたところで、森の茂みの中から吸血馬が姿を見せた。 よく見ると背中の辺りに大きなこぶができている。 別の世界で『ラクダ』と呼ばれる、砂漠の生物によく似たこぶが、吸血馬の背中にできていた。 「どうしたの?」 ルイズが吸血馬に問いかけると、吸血馬はルイズの肩を軽く噛み、そのまま自分の背中に放り投げた。 どすん、と音を立てて吸血馬の背中に着地したルイズは、吸血馬のこぶに手を当てた。 「これ……血?もしかして、これ、私の分?」 「ブフッ、グルルルルルル……」 並の馬よりも遙かに逞しく、グリフォンをもしのぐ吸血馬の声は、まるで怪物のようだ。 だがルイズにはその声の意図がよくわかる、おそらく吸血馬は、ルイズのために何かをしたいと思ったのだろう。 背中にあるこぶは、きっとそのために作ったものだ。 「ありがとう、あなたって本当に優秀ね、執事みたいじゃない」 そう言いながらルイズは吸血馬のこぶに右の手を突き刺した。 こぶの中には、昨日野党から吸い取ったであろう新鮮な血液が沢山ため込まれているようだった。 ズキュン、ズキュンとルイズにしか聞こえない音を立てて血液をすする。 乾いた身体、疲れた細胞がみるみる蘇っていくのが実感できた。 「WRYYYYYYYYYYYYYY……」 細胞が喜び、脳が快楽を味わう。 ルイズの口は半開きになり、舌は緊張して尖るような形を見せていた。 剥き出しになった牙、高揚して紅くなる頬。 今のルイズがフードを被っていなければ、どこから見ても、誰が見ても立派な『吸血鬼』だと思われただろう。 吸血馬のこぶに溜められた血を吸い尽くすと、ルイズは吸血馬の背中にぐったりと寝そべった。 「はあ……生き返った気がするわ……」 ぎゅっ、と吸血馬に抱きつくと、それが合図だったかのように、吸血馬は駆けだした。 目的地、シティオブサウスゴータに到着するまでの数時間、ルイズは『この世界で唯一の同類』の、逞しい背中に身を預けていた。 シティオブサウスゴータの中央通りは、幅も狭ければ空も狭い。 昼間なのに薄暗い気がするのは、建物が日陰を作っているだけでなく、そこに済む住民達の眼に生気が見られないからだろう。 ルイズは表通りを避け、裏通りを歩いて、共同住宅の建ち並ぶ一角を探した。 共同住宅の近くには井戸が作られているだろうと踏んだのだ。 なるべく人気のなさそうな場所を探し、井戸を見つけると、ルイズはそこから水をくみ上げた。 背中のデルフリンガーを鞘から抜き、刀身を水に触れさせると、デルフリンガーは違和感を感じてカチャカチャと鍔を動かした。 『…こりゃあ先住の力だ、間違いねえ、ティファニアの嬢ちゃんが持っていた指輪とそっくりだ』 「じゃあ、この井戸に『ディスペルマジック』をかければ、この街の人たちは正気に戻るかしら」 『どうかな、街の人間を全員正気に戻すのは酷だぜ、この街全域をカバーする『ディスペルマジック』なんて、難しいんじゃねえか』 「そりゃ、自信はないけど、やるしかないでしょう」 『それによ、住民が正気に戻ったとレコン・キスタに知られたら、いろいろ面倒なことになるんじゃねえかなあ』 「じゃあどうしろって言うのよ」 『惚れ薬や毒と一緒さ、時間が経てば効果が切れる。地下水脈に『ディスペルマジック』をかければ……この濃さなら、一ヶ月ぐらいで街の人間は正気に戻るだろうぜ』 「なるほど」 ルイズは頷くと、デルフリンガーを地面に突き立てた。 「デルフ、辺りに気を配っていて。ディスペルマジック……やるわよ」 『気張りすぎて気絶するなよ』 「…………………………………」 ルイズは腕の中に仕込んだ杖を、掌まで押し出し、小声でルーンの詠唱を開始した。 精神を集中させ、井戸の中を思い浮かべる。 井戸に続く魔力の流れ、水脈に沿って流れる魔力の流れが、なぜかルイズの頭の中に入ってくる。 ルイズは杖を掲げて振り下ろすのではなく、掌を井戸の中に向かって突き飛ばすように振った。 「……かふっ はぁ はぁ…はぁ……」 『大丈夫か?』 「大丈夫よ…ちょっと目眩がしただけ。それより誰かに見られてなかった?」 『誰も見てねえよ、通りがかる奴もみんな目がうつろ、嬢ちゃんには誰も気づいてねーさ』 「それなら、いいんだけど」 ルイズは呼吸を乱しながらも、井戸から水をくみ上げて、再度デルフリンガーを水に浸した。 『もう大丈夫だと思うぜ、これなら飲んでも平気だ。街の人間も徐々に元に戻っていくんじゃねーかな』 「そう、なら、バレるまえに次の場所に行きましょう」 『慌ただしいねえ』 「レコン・キスタは、アンの結婚式に先だって親善訪問を行うそうよ。その親善訪問の真意を確かめるわ」 『親善訪問ねえ』 「ロンディニウムで見たでしょう、レコン・キスタは、王党派の船をわざと市街地に墜落させていたわ。親善訪問と言いながらトリステインを砲撃するかもね」 『やりかねねぇなあ』 「でしょう?」 デルフリンガーを鞘にしまうと、ルイズはフードを深く被りなおし、街はずれの住宅街から森の中へと駆けていった。 そしてその頃、親善訪問の予定を一週間繰り上げた『神聖アルビオン帝国』の特使達は、艤装の完了した『レキシントン』号へと資材の積み込みを開始していた。 それに合わせ、慌ただしく僚艦にも慌ただしく弾薬などが補給されていく。 ただ、不思議なことに…ある一隻の船には、食料も弾薬も積まれてることはなかった。 戦争は、近い。 To Be Continued→ 戻る 目次へ
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2326.html
夕焼けに空が染まる頃、ウエストウッド村の台所から小さな鼻歌が聞こえてきた。 「~♪」 声の主はティファニア、彼女は久しぶりにマチルダが帰ってきてるので、とても機嫌が良かった。 家族の命を奪われてから、ずっと面倒を見てくれていたマチルダは、年に何度も仕送りを送ってくれていた。 自分の家族は皆失ってしまったけど、サウスゴータの太守だったマチルダの一族が、家族代わりになって自分を助けてくれている。 それは返しきれないほどの恩だった。 以前に一度、自分と母親のせいでマチルダの一族にまで迷惑がかかってしまった……と謝ったことがある、しかし、マチルダはそれを怒った。 間違っているのは王の方だ、と言って、決して自分を蔑んではいけないと、何度もティファニアに言い聞かせた。 小さい頃から姉のように慕っていたマチルダが、そのとき本当の姉になった気がしたのは、けっして気のせいではないだろう。 火箸で釜戸の灰を軽くかき分けると、昼に使った薪(たきぎ)の、炭化したものがちょこんと姿を見せた。 それを種火として利用し、よく乾いた小枝に火を移し、薪を燃やし…手慣れた様子でお湯を沸かしていく。 「夕食の分か。薪は足りているかい?」 ティファニアが振り向くと、そこにはワルドが立っていた。 どこか気遣うように釜戸の様子を見ている。 「ええ、大丈夫ですよ。ワルドさんのおかげです。薪割りもあんなに沢山やってもらって、本当に助かります」 「世話になっているんだ、これぐらい当然だよ」 ワルドが笑みを返すと、踵を返して台所を出て行った、ティファニアほほえんだままそれを見送る。 ティファニアは家族と、珍しいお客さんのために、美味しい料理を作るべくよし!と気合いを入れた。 「………」 台所を出たワルドは、夕方の見回りをしに外へと出た。 空を見上げて竜騎兵がいないことを確認する、年には念を入れ、木々の影を縫うように素早く、音もなく森の中へと移動していった。 風系統のスクエアたるワルドは、風の流れに敏感で、気配を消すことも感じ取ることも得意としている。 更に、ウエストウッド村に滞在している間、『土くれのフーケ』として盗みを働いていたマチルダから、山や森の知恵をいくつか教わっている。 マチルダは時々、暇つぶしの雑談に混じって、猟師が如何に気配を消して獲物に近づくのだとか、獣の踏みしめた地面の見分け方を語る。 それらの知恵は、王族の親衛隊を勤める魔法衛士隊ではほとんど発揮される事は無かった、そういった索敵の技術は基本的に使い魔が有しているものであるからだ。 メイジがそれを行うのは、花形部隊では忌諱されがちですらあったが、大いに参考になる知恵であり、戦いを有利に進めるため学ぶものも少なくはない。 その一人がワルドだった、母を失い、トリステインの内情を知るにつれて歪んでいったワルドは、裏切りを正当化するための材料として己のプライドを肥大させた。 泥臭い猟師の知恵など下賎なものだと思いつつも、それを習得して数多くの任務を成功させ、それでいて自分は崇高な理想を持ってトリステインを裏切り、いやむしろトリステインを「見限ってやった」とすら考えていた。 それを打ち砕いてくれたのがルイズだった。 ルイズは、己の能力をよく理解し、それを有効活用する術をしっかりと考えている。 虚無の系統とか、公爵の血筋だとかそんなものではなく、ルイズは己の今と、これからの生き方によどみない自信を持っていると思えた。 だからこそ、ワルドは自分が矮小だと気づき、ルイズに忠誠を誓った。 そして今、このウエストウッドという小さな村で、子供達の相手をする時間が、とても安らかなものだと思えていた。 以前なら平民の子供や、落ちぶれた貴族の子供には、作り笑顔で接していたことだろう、しかし今は違う。 マチルダ、ティファニア、ルイズが子供の相手をしているのを見ると、なぜだろうか、とても安らぐ…… 「…?」 ふと、周囲を警戒していたワルドに、何か人の気配のようなものを感じた。 手入れのされていない森は、獣道でもない限り歩いて通ることはできない、背の高い草で木々の隙間が埋められてしまう。 その草の向こうから、ガサガサ、という葉擦れの音が聞こえてきた。 「……」 血が冷めていく。 ワルドは短剣状の杖を手に持ち、腰を低くして木の陰に隠れた。 ガサガサ、ガサガサと近づいてくるその音だけでなく、周囲360度を警戒する。 敵か、動物か、第三者か、陽動か、疎開か、迷い子か、斥候か…… 考えを巡らせていくうちに、その音は間近まで迫ってくる。 ザッ、とかき分けられた草の向こうから姿を現したのは、全裸で、しかも胸と腹に陥没した痕の残るルイズの姿だった。 「!」 驚いて目を見開いたワルドは、そっとルイズに見えるよう顔を出した、左手で口を覆う仕草で『誰かに聞かれていないか?』という意図を伝える。 ルイズはさして驚きもせず、ワルドの仕草を見て口を開いた。 「大丈夫、追われてはいないわ…」 「どうしたんだ、大丈夫なのか?その怪我は?」 ワルドは『レビテーション』で身体を浮かせると、すぐにルイズに近寄り抱き上げた、右膝を曲げてそこにルイズを座らせ、足跡をつけぬようゆっくりと森の中を移動していく。 「ちょっと…手強いやつがいたのよ、けっこう、だめね、疲れたわ」 「血は必要か?」 「いい…」 ルイズの返事はどこか弱々しかった。 ワルドは、ティファニアや子供達に気づかれぬように注意しつつ、マチルダの部屋へとルイズを運んだ。 自室で裁縫をしていたマチルダが、ルイズの姿に驚いたのは言うまでもない。 「何があったのさ…あんたがそんな怪我を負うなんて」 「火のメイジよ、トライアングルか、それ以上よ。とんでもない熱だったわ…焦げるなんてもんじゃない、胸の肉が一瞬で炭になったもの」 「とんでもないね。ところで、そいつらは?」 「ダメージが大きすぎて、殺せなかった…詠唱する暇がないぐらい正確に火が飛んでくるのよ、記憶を消すのがやっとだったわ」 マチルダはルイズをベッドに寝かせようとするが、ルイズはその手を払った。 「すぐに行かなきゃ、あいつら、トリステインに向かってる」 「え?」 そのとき、がちゃりと扉が開かれワルドが入ってきた。 ワルドはデルフリンガーを、ルイズの座るベッド脇に立てかける。 「食事が出来たそうだ…食べる余裕は、あるか?」 「ごめんなさい、食事の時間も惜しいわ…ティファニアには悪いけど。ワルドよく聞いて、トリステイン魔法学院が狙われてるわ、とても強力な火のメイジの、傭兵達によ」 「!」 とたんにワルドの表情が険しくなった、思い当たるものがあるのか、ワルドは跪いてルイズに顔を近づけ、声を荒げぬよう気をつけて問いかけた。 「それは、この間デルフリンガーが言っていた奴か? 長距離から気配を探られたとか言う…」 「ええ」 頷くルイズに、マチルダがはっとした表情になった。 「まさか、白炎のメンヌヴィルじゃないだろうね」 ワルドもまた何かに気がついたように目を見開き、ルイズに問いかけた。 「…ルイズ、そいつは盲目では無かったか」 「顔に大きな火傷の痕があったわ。目じゃなくて…熱を感じてるみたい、そのせいで苦戦したのよ」 マチルダとワルドが顔を見合わせた。 「間違いないね、そいつがメンヌヴィルさ。とんでもない火の使い手だよ」 「メンヌヴィル?」 「とにかく、人でも亜人でも、焼いていたぶるのが好きなキチガイだって聞いたね、そんな奴に狙われるなんて…」 腕を組み、眉間に皺を寄せ考え込むマチルダだったが、ふと何かを思いついたのか顔を上げる。 「陽動ってことは無いのかい?この孤児院が狙われる可能性は?臭いや魔法で追跡されるとか…とにかく、一度調べるよ」 そう質問しながらマチルダがディティクトマジックを唱え、ルイズの身体を調査する。 ルイズの身体には何も仕掛けられている様子は無かった。 「尾行の可能性はごく低いわ。十分注意してた。森の中を移動する途中、何度か動きを止めて周囲の音を観察したの。 蟻の足音も、鳥の羽音も、地下の音も疑ったけど、それらしい音は感じられなかった」 「そう…それだけ注意してれば何とか大丈夫だと思うけど。魔法学院の件はどうするのさ」 沈黙が流れる。 時間にして数秒のことだったが、答えを決めかねているルイズにとって、それは一分よりも長く感じた。 「どちらにせよ、すぐ報告せねばならないだろう。 今の時期、アルビオンはラ・ロシェールを離れ、ガリア寄りになる。…遍在を繋ぎの取れる場所に飛ばすのは無理だ。僕が直接飛んでいこう」 ワルドの言葉に、ルイズ瞳が揺れた。 「……私も、私も行くわ」 ルイズの言葉に、ロングビルが血相を変えて叫ぶ。 「正気かい!? 言ったろう、シエスタって嬢ちゃんは吸血鬼殺しの英才教育を受けてるんだよ!」 「魔法学院に乗り込むつもりは無いわよ、可能ならメンヌヴィルって奴を迎え撃つ…もしくは、奴らの奇襲を奇襲してやるわ」 「あんた…! ああ、いくらなんでも、そこまで魔法学院に義理はないだろう?いくら王宮と繋がってるとはいえ、タダじゃ済まないかもしれないんだよ」 「義理なんて無いわよ。私はただ、あいつらの思い通りにさせたくないだけよ」 キッ、とマチルダを睨む。 その視線は極めて鋭いものだったが、恐怖は感じなかった、怒りではなく純粋な決意がそこに秘められており、マチルダはルイズの言葉に納得するしか無かった。 「マチルダ、悪いがティファニアに説明しておいてくれ。急用が出来たとな」 「わかったよ」 マチルダが部屋を出るのを見ると、ワルドはポケットからアルビオンの地図を取り出した、それは四つに畳まれた羊皮紙であり、広げると幅三十サント四方になる。 焼き付けられているのは地図と、ハルケギニアとアルビオンの周回図だった。 「ルイズ、場所と時間を教えてくれ」 ルイズはここ数日の間に知り得たことを、簡潔に述べた。 メンヌヴィルと接触した場所、時間、ウエストウッドへと移動した経路など… 馬車で移動した時に見た街道の風景や、町中の様子から、アルビオンの民が過酷な環境に置かれていると言うこともハッキリした。 できればクロムウェルを暗殺したかったが、それは『可能ならば』という但し書きがつくので、重要度はそれほど高くない。 ルイズも、またトリステインで待っているウェールズ達もそれが可能だとは思っていないはずだ。 話をしながらもルイズは、目立ちにくいくすみとムラのあるオリーブ色に染められた服に身を包む。 飾り気のないシャツ、足首を縛れるズボン、フード付きのマント、そして…デルフリンガーに手をかけようとしたところで、ルイズの動きが一瞬止まった。 ルイズはデルフリンガーの柄に手を触れず鞘を掴んだ、それはデルフリンガーに触れるのを恐れているようにも感じられた。 コツコツ、とドアがノックされる。 ワルドは地図を懐にしまい込みつつ、「どうぞ」と呟いた。 「お食事、食べていかれないんですか?」 扉を開いたのはティファニアだった、心配そうな表情をしていると、一目で分かる。 「ごめんね、せっかく準備してくれたのに…」 「いえ、いいんです。あ、でもパンがありますから、お弁当代わりに持って行ってください」 「ああ、そうか…ありが」「ごめんなさい、急ぐから食べていられないの、道中食べる暇も無いし…」 ワルドが、パンの入った小さな包みを受け取ろうとした時、ルイズがそれを遮った。 「そうでしたか…ごめんなさい」 「いいのよ。私たちが無駄にするより、みんなで食べた方がいいでしょう? ワルド、そろそろ行くわよ」 「ああ」 ワルドとルイズが、ティファニアの横を通り過ぎる。 「あ…」 その時、ティファニアはルイズの横顔を見て、記憶の中にある在りし日の母と重なった気がした。 兵士が屋敷に殺到したとき、生き残ることは不可能だと思いながらも、生き残るために毅然とした態度を崩さなかった母に。 「マチルダ姉さん…」 ティファニアは寂しげな瞳で、マチルダの顔を見上げた。 「なんだい?」 「二人とも、大丈夫、かな。何か危険なことをしに行くんでしょう?」 「心配しなくても大丈夫さ、あの二人なら大丈夫だよ」 「でも……石仮面さん、何か辛そうな気がする」 マチルダは顔を上げ、ルイズの後ろ姿を見送った。 一抹の不安があったが、それは口に出さず心の中だけで処理をした。 それから半日ほど後、すでに太陽は姿を隠し、二つの月が空高く上がっている。 ルイズとワルドの二人は森を越え、街道を越え、首都ロンディニウムとは逆方向になる川へと出ていた。 「ワルド。悪いけど強行軍になるわよ。川から流れ落ちる水に紛れるよう『イリュージョン』を使うわ。そこから雲を突き抜ければ、今の時期はガリア寄りの海上に出るわね」 「僕はそこから『フライ』を使って、トリステインまで飛べばいいのだな?」 「ただし高度は私の言うとおりに維持して貰うわ……哨戒に出ている竜騎兵に見つかる可能性もあるし」 「わかった、君の目を信用している」 二人は小声で会話をしながら、川沿いの道から獣道へと入り、岩場を歩いていく。 早ければ朝日を迎える前に、川の終点にたどり着けるだろう。 「パン、食べたかったな」 川沿いの岩場を歩いていたルイズが、不意に呟いた。 「今更どうしたんだ、貰ってくれば良かったじゃないか」 「歩きながらでも食べたかったわよ、でも、気を利かせてたっぷりバターを入れてくれたんでしょうね、臭いがしたわ」 「バターの香りが?」 「そうよ、あの臭いじゃ目立って大変だわ。私にだって50メイル離れていても分かる臭いだもの」 「なるほどな…そうか、臭いか。すまない、そんなことにも気がつかないなんて、僕も気が緩んでいたかな」 「攻める訳じゃないわ。それに、逆に考えるのよ、子供達に囲まれて良い休暇だったでしょう?」 「ふふ、まあな。生意気な奴がいたが、木の実を拾うときなんか、年下を庇ってよく動いていたよ」 どこか清々しいはにかみを見せて、ワルドが呟く。 ティファニアを母として、姉として慕う孤児院の子供達は、ティファニアのお陰かマチルダのおかげか、家族を守るという意識が小さいながらも根付いている。 「皆、血は繋がらなくとも兄弟のようだ……領民は皆我が子であると、先々代の王は言っていたそうだが、その通りかもしれん。新しい世代が育つのを見届けるのは、いいものかもな」 魔法を行使する貴族の、魔法によって領地を守るという観念の元になった、慈愛と勇気の意識。 それこそがティファニアの持つ精神であり、皆その影響を受けて育っている、そうワルドは感じていた。 ぴたりと、ルイズが足を止めた。 「…子供」 不思議に思ったワルドが、ルイズの顔を覗き込もうとするが、ルイズはミシリと音が立つほどに拳を握りしめて、ワルドに顔を見られぬよう早足で歩き出した。 「ルイズ?」 「なんでもないわ、急ぎましょう」 気を抜くと、歩くのを止めてしまいそうになる。 まるで体中を鎖でがんじがらめにされたような、過度の閉塞感を感じていた。 ルイズは、なぜ自分から『子供』という単語を使ってしまったのかと、ひどく後悔している。 ウエストウッド村の子供達は、皆素直で、小さくてもティファニアを守ろうという意識があって、とても眩しい。 そう、ルイズは子供達を見て、元気を分けて貰っている。 昨日、街道脇の森で、たまたま見つけた親子もそうだった。 自分のことを心配してくれた上、死体をケモノに食い荒らされぬよう、土に埋めようとしてくれた。 それなのに自分はその親子を『食った』。 ウエストウッドの子供達は、とても可愛いと思える。 しかしあの親子もまた、とても美味しかった。 子供を可愛いと思えるのも美味しそうだと思えるのも、どちらも偽りのない自分の意識。 石仮面を被り、吸血鬼となったときは、人間は餌に過ぎないと思っていた、合法的に殺人と吸血ができる傭兵を選んだのは、ただの気まぐれに過ぎなかったはずだ。 しかし今は、そんな自分が恐ろしい。 ふと…何かの拍子で、それこそ枯れ葉が風に舞うような、ごくごく小さな何かがきっかけで、ウエストウッドの子供達を『美味しそうだ』と思えてしまうのではないだろうか。 そうなってしまったら、次は? 『美味しかった』となってしまったら……… ルイズは、鎖で縛り付けられた体が、ゆっくりと海の底へと沈んでいく気がした。 震えそうな手を、力を込めて必死で押さえ、カチカチと鳴りそうな歯を、食いしばって必死に耐える。 そこでふと気がついた。 デルフリンガーは心が読める。 『だから自分は、デルフリンガーを恐れていたのか』と。 デルフリンガーを握れば、自分のしでかしたことすべてを見透かされてしまうかもしれない。 永遠に近い寿命を、共に過ごしてくれるかもしれないデルフリンガーに、嫌われてしまうかもしれない。 もし、ワルドにも嫌われたら? もし、マチルダにも嫌われたら? もし、ティファニアにも嫌われたら? もし、アンリエッタにも、ウェールズにも、姉様にも… ルイズの後ろを歩くワルドの目に、力強く映るルイズの足取り。 その芯は今にも崩れそうなほど危うかった。 To Be Continued→ 67< 目次 69
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ルイズは学院の自室で、ベッドの上に寝ころんでいた。 トリスティンの城でアンリエッタに抱きつかれてわんわん泣かれ、ウェールズからはアルビオン王家に伝わる『風のルビー』を渡され、マザリーニ枢機卿からは王室御用達の馬車で「魔法学院視察のついでに」送ってもらい、至れり尽くせりだった。 ウェールズ皇太子を連れて帰った事で、何か怒られやしないかとビクビクしていたが、マザリーニ枢機卿は馬車の中でルイズに礼を言ってきた。 「アンリエッタ姫殿下がこの度のことでご成長なされたのは、ミス・ヴァリエールのおかげです」と。 「そそそそそんな!わわ私は迷惑をおかけするばかりで」 ルイズは緊張と驚きのあまり、どもってしまったらしい。 ルイズの希望で学院の門内まで馬車を入れず、門の前で降りることになった。 あまり目立ちたくないと思ったからだ。 まだ授業の時間中だったせいか、学院の生徒には見られなかったので、ルイズはほっと胸をなで下ろした。 不思議なことに、ルイズは騒がれなかったことに安堵していた。 以前の自分なら、キュルケほどではないにしろ、皆から注目されることを喜んだだろう。 魔法の失敗ではなく、純粋な功績を賞讃しろと言いたくもなっただろう。 だが、それがとても野暮なものに感じたのだ。 右手を挙げる。 意識を集中させると、半透明の腕が現れる。 しかしそこには何かが足りない。 自分を安心させてくれる、何かが… 「ミス・ヴァリエール」 コンコン、と扉が叩かれ、名前を呼ばれた。 ロングビルの声だ、そう言えば桟橋で助けてくれたのに、ロングビルにお礼も言ってない。 ルイズはベッドから飛び起き、慌てて扉を開けた。 「ミス・ロングビル!」 「ミス・ヴァリエール、オールド・オスマンがお呼びですわ」 「あ…報告するのすっかり忘れてた。それと、ミス・ロングビル、あの時は…」 「役目を全うしただけですわ、さ、オールド・オスマンは今か今かと待ちわびています」 ロングビルに促され、ルイズは、学院長室へと移動した。 学院長室の重厚な扉をロングビルがノックすると、扉の向こうから「入りたまえ」と聞こえる。 扉を開けると、いつもと変わらない飄々とした表情のオールド・オスマンが待ちかまえていた。 「ふむ、で、任務はバッチリじゃった訳じゃな」 オールド・オスマンがひげを撫でながら言う。 「はい、ただ…」 ルイズはウェールズ皇太子のことを報告すべきかと、一瞬悩んだが、それをオスマンが制止する。 「おっと、それ以上言わんでいいぞ、何せこれは密命じゃからな、ワシも余計なことまで知る気はない」 「ありがとうございます」 「授業に関しては補習をもうけることも出来るが…まあ、それは追って伝えようかの、とりあえず今日はもう休みなさい」 「はい」 ルイズが学院長室を退室すると、オスマンは背もたれに身体をあずけ、うーむとうなって背伸びをした。 ふとロングビルを見ると、書類を書く手を止めて、なにやら考え込んでいる。 「ミス・ロングビル、どうしたんじゃ? もしかして『せっかくアタシも手伝ったのに全部教えてくれないなんてズルイ!』なーんて拗ねとるのか?」 「もうろくも大概にして下さい、…確かにその通りですが」 「ほっほっほ、まあ予想はつくわい、ミス・ヴァリエールの指にはめられていたのはアルビオン王家の象徴、風のルビーじゃよ、彼女は大物になるかもしれんのう」 「…!」 風のルビーの話で、ロングビルの目つきが一瞬だけ鋭くなったのを、オスマンは見逃さなかった。 ルイズは部屋に戻る前に、あることを試すことにした。 ヴェストリの広場に行くと、丁度授業の終わりを告げる鐘の音が聞こえてくる。 ギーシュと決闘したこの場所で、ルイズは杖を振り上げた。 胸に去来する喪失感を埋めるように。 「宇宙の果てのどこかにいる私のシモベよ…」 任務を成功させた自分の実力を確かめるかのように。 「神聖で美しく、そして、強力な使い魔よッ」 自分の心を満たしてくれる存在を欲するように。 「私は心より求め、訴えるわ」 そしてこれから始まる運命に導かれるように。 「我が導きに…答えなさいッ!!」 …爆発は、起きなかった。 タバサは、空から不思議な光景を目撃した。 ガリアからシルフィードに乗って魔法学院に帰ってきたタバサは、ヴェストリの広場にいるルイズを目撃したのだ。 ルイズの隣には見慣れぬ人物が佇んでいるのを見て、タバサは首をかしげた。 キュルケは、窓の外に見えるタバサとシルフィードを見て、タバサを迎えに行こうと部屋を出た。 しかし、廊下で何人かの生徒が、ルイズのうわさ話に興じていたので、思わず聞き耳を立ててしまう。 そして話の内容を聞き、腹を抱えて笑い出した。 ギーシュは、廊下をどたばたと走り回るマリコルヌを制止していたた。 「風上のマリコルヌ!そんなに走り回っては痩せてしまうよ、…そうか、ダイエットかい?」 「ちちち、違うよ!さっき廊下から中庭を見たら、ゼロのルイズがサモン・サーヴァントを!」 それを聞いた他の生徒が、呆れたように言う。 「なあんだ、ゼロのルイズがまた失敗したのか」 「違うって!成功したんだよ!」 これにはギーシュも驚く。 「何だって!?」 周囲で聞いていた他の生徒達も驚いたが、マリコルヌは更に言葉を続けた。 「もっと驚いたのはさ、召喚されたのが………」 to be continued...? 前へ 目次
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「あはは」 ”何が起こったのか分からない” 男三人と女一人はそんな顔でルイズを見ていた。 それがたまらなく可笑しくて、ルイズは背をのけぞらし、声を出して笑った。 「あはははははっ!」 「こ、こいつ!」 笑い続けるルイズに飛びかかったのは、ルイズに殴られた男だった。 男には傭兵と盗賊の経験があった、腹や胸を突き刺したからといって人間が即死しないのも知っている。 刺された人間は時間をおいて動きが鈍くなり、痛みではなく重みと熱を感じて死んでいくはずだ、死にものぐるいで反撃を受ける前に、取り押さえて確実に殺してやると思い、男はルイズに飛びかかった。 どすん!と音を立てて二人がベッドに倒れ込む、男はルイズの上に馬乗りになり、胸からナイフを引きずり出そうとして柄を握った。 ナイフを振り上げようとしたその時、男の体は不自然に、まるで凍ってしまったかのように動きを止めた。 「な、あえ? 体が、うごかねえ。お、おい、どうなってるんだ、体が動かねえよ」 男が首を後ろに向けると、バキンと音がして視点が下がった。 ごとん、という衝撃とともに頭が床に落ちる、ごろりと転がった首は二人の男と、一人の女を視界に納めていた。 「………」 首だけになった男の口が、声もなく何かを呟くと、頭の上に氷のような冷たくて堅いものが降り注ぐ。 そして視界は急激にぼやけ、瞳孔が開き、凍り付いてバラバラに砕かれた肉体に埋め尽くされ、男は絶命した。 「あ」 最初に声を出したのは女だった。 「え」 あまりのことに思考が止まり、気の抜けた声を出したのは長身の男。 「う、うわぁあああああああっ!」 逃げようとしたのは、一番力強そうな筋肉の男だった。 バン!と音を立ててルイズがベッドから飛び起き、部屋の入り口から逃げようとする男に向かって右腕を伸ばしす。 その手首からは、銀色にも見える艶やかな黒髪が伸びたかと思うと、鍛えられた鋼剣の如く収束し、男の首に巻き付いた。 ルイズは有り余る筋力で無造作に腕を引く、すると、ビチリという繊維が引きちぎれる音と、バキバキと首の骨が砕かれる音が盛大に響く。 首と胴の離れた長身の男は、そのまま仰向けの形で床に倒れ込むと、すっくと立ち上がり首の無いまま逃げだそうとして壁にぶつかり、再度床に倒れ込んだ。 首のない体は尚も逃げようと足をばたつかせたが、それもほんの数秒のことであった。 激しく動いていた足が動きを止めるのを、残された二人は呆然と眺めていた。 すかさず、二人の首にルイズの手が伸びた、細くしなやかなルイズの指が二人の首に絡みつき、左手で男を、右手で女を釣り上げた。 「えぐっ、ぐえ……」 男の首に少しずつ食い込む指には、とても力が入っているとは思えなかった、腐りかけの果物でも握りつぶすように男の首が細く絞られていく。 「ひぃっ!い、いや、助け」 女は涙目になりながら、命だけは助けてくれと懇願する、だがルイズは返事の代わりとしてにやりと笑い、声を出せなくなる程度の力で女の首を絞めた。 「黙って? これみたいになりたいの?」 ”これ”扱いされた男は目を血走らせ、口を限界まで開き舌を飛び出させていた、首はもう呼吸が不可能なほどに絞められている。 興奮のあまり、元の長さ、元の色に戻った髪の毛が、男の顔を絞首台のマスクのように覆っていく。 それを見ていた女は、涙目になりながらも本能的に歯を食いしばり、必死に首を縮こまらせた。 ぐるん ぐるん ぶちっ 棒に巻き付けた布を解くように髪の毛を引く、首は容易くねじ切られてごとりと女の足下に転がった。 ルイズは髪の毛を女の首と口元にまき付け、声を封じると、首のねじ切られた男を持ち上げて、首からぶしゅ、ぶしゅと噴き出す血を頭から浴びた。 「カハァ……」 血を浴びて艶やかな輝きを放つ髪の毛、水滴が滑るような玉の肌、ランプの明かりのせいか黄金色に輝く瞳、そして可愛らしい口には不釣り合いな鋭く尖った犬歯。 頭から浴びた大量の血は、体の表面から吸収されていくため、床にはほとんどこぼれ落ちない。 足りない。 もっと、もっと欲しい! 「う、あ」 ルイズの髪の毛による拘束が突然緩み、持ち上げられていた女が床に尻餅をついた。 目の前ではルイズが男の首へと噛みつき、スポンジから水を吸うが如く、肉に染みこんだ体液を必死でむさぼっている。 じゅるる、ぶじゅっ、ごくり、ずずずっ、ずぎゅっ。 男の体は瞬く間に体液を失い、やせ細り、乾き、床へと落ちた。 女はそれをただ呆然と見ていた、いつの間にか失禁し、床に広がる血だまりに小便が混ざっている。 女は、死にたくない!と願った。しかし死以外の結末が思い浮かばない。 女は、逃げるべきだ!と思った。しかし逃げられるとは思えない。 女は、早く死にたい!と思った。それを受け入れるしか道がないと納得してしまった。 ルイズは逃げようとした男の死体に手を伸ばすと、獣のように四つんばいになってその首に牙を突き立てた。 両手の指先と牙から血を吸い尽くす、体温の残る死体は数秒でミイラと化した。 「ああ…美味しい…」 床に膝をついたルイズが、まるで天を仰ぐように顔を上げ、呟く。 恍惚とした表情は、快楽の中にいることを示している。 全身に浴びた血が皮膚に肉に染みこむと、麻痺していた体に過剰な血液が行き渡る、神経は過敏になり、細胞の活性化が快楽として脳に伝わった。 飲み込んだ血は内臓へと行き渡り、体の内側を脈動させ、胃や腸、心臓や肺、そして子宮に快楽という電撃を走らせた。 未貫通の女性機能を包む筋肉はリズミカルに収縮と拡張を繰り返し、下腹部に熱を与え、血とは違う透明な液体を排出した。 「ねえ」 ルイズが女の方を向き、声をかける。 突然のことに驚いた女だったが、なんと返事して良いのか分からず、口をぱくぱくと動かすのみだった。 氷となって散乱した男の肉片を手で払いのけると、ルイズはベッドの上に座り、足を開いた。 「続けなさいよ」 「は、はい」 死体の転がる部屋で奉仕を強要されるという異常事態を、異常事態であると感じられるような正気は、女にも残っていなかった。 無表情でもなく、絶望的でもなく、ただ淡々と仕事をこなそうとする女を見て、ルイズはふふんと笑みを浮かべた。 指が肌に触れる度、軽い痺れのような快感が走る。 素肌と素肌が触れる度に、人間の体温を感じ、その温度がとても心地よくて思わずため息を漏らした。 「おう、ずいぶん静かになったな、どうした?」 突然階下から声がした。 ルイズは眉間に皺を寄せて女の頭を掴み、耳元に口を寄せる。 「今の声、なに?」 「み、見張りに立ってた男です」 「ふぅん……いいわね、呼びなさいよ」 「え、で、でも」 「”混ざりなよ”とでも言ってやりなさいよ、ね?」 女は驚いた顔をしたが、すぐに気を取り直すとベッドから折りて、階下に声をかけた。 「あんたも来なよ、みんなお休みしてるさ」 「本当か? へへへ、ずいぶんな好き者みたいじゃねえか」 何を勘違いしたのか深読みしたのか、見張りに立っていた男は嬉しそうな声を出して二階への階段を上り始めた。 「よく言えたわ…いい子ね……」 ルイズはそう呟いて、女を後ろから抱きしめた。 ずぶりと指先が沈み込む、右手は女の首へ、左手は心臓へ。 ギュルッ、ギュギュと音を立てて、勢いよく血を吸っていく、すると女の体温が急激に下がるのが感じられた。 女の背中に密着した、ルイズの胸や腹は、人間から体温を命を奪うその瞬間を感じていた。 それがどうしょうもないほどの愉悦で……ルイズは、二階に上がってくる男を捕まえると、更に「思いついたこと」を実践すべく、ナイフの如く硬質化した腕を振り上げた。 ………それから数十分後。 見張りに立っていた男は、生気の感じられないうつろな瞳で建物から出てくると、ロサイスに向けてゆっくりと歩き出した。 ……… ”それ”を見つけたのは偶然だった。 盲目の男は、神聖アルビオン帝国の皇帝から、トリステイン魔法学院を急襲し生徒を人質に取れと依頼された。 トリステインまでは隠密性に長けた特殊な船で移動するが、船はダータルネスではなくロサイスにあるというので、馬を用いてロサイスへの道を突き進んでいた。 「ん」 馬の背に乗った盲目の男が、かすかに鼻孔をくすぐる何かに気づいた。 傭兵団の先頭を歩いていたその男は、馬を急停止させると、風上を向いて鼻をひくつかせる。 「どうなさいました?」 すぐ後ろにいた部下の一人が、盲目の男に問いかける、だがすぐには返事も帰ってこない。 「におうな」 「は?」 「おまえたちはここで待て、俺は少し暇をつぶしてくる」 「隊長!?」 盲目の男は手綱を操って、街道から見える森に馬を走らせた。 「におう、におうぞ! 何だこの臭いは!まるで熔けるようだ!」 森の手前で馬を止めると、「フライ」の呪文を唱えて森の奥へと突き進んでいく。 その男は盲目のはずなのに、木々の位置が分かるようで、一度も木にぶつかることなく森の奥へと突き進んでいった。 後に残された部下たちは、待てと言われた以上追いかける訳にもいかず、森の側で立ちつくしていた。 ほんの20メイルほど森に入り込めば、振り返っても街道は見えなくなる。 所々に生えている草は人の背丈ほどもあり、木に絡みつくツタは森の雰囲気をより暗くしている。 地面は木の根が隆起してデコボコになり、気を抜くとすぐに転んでしまいそうな程だ。 そんな中を、臭いに向けて飛ぶ、今までに嗅いだことのない、腐臭と殺気の入り交じる臭いに向けて飛んでいく。 しばらく飛んだところに、人間とは思えない程低い体温があった。 人間の形をしておきながら、他よりも低い温度のそれは、こちらの姿を見て驚いているのか、頭に血を上らせるように温度を変化させていた。 それとともにぶつけられる殺気が、あまりにも心地よい。 盲目の男”白炎のメンヌヴィル”は、未知の存在を前にして笑みを零した。 ……… ルイズは約半日ぶりに外の空気を吸った。 足下には死体が転がっている、内側から引き裂かれたそれは、左肩から右脇腹にかけて無惨にも引き裂かれている。 ふと思う、サナギが蝶になる瞬間を、自分は体験したのではないか。 人間の体の中に潜り込み、人間を着る。それは母体の中で誕生を待つ赤子と言うより、ふ化を待つ卵のような、殻を捨てて羽ばたかんとする蝶のような気持ちだと思った。 「はあ……まぶしい…」 空を見上げると、澄み切った空から降り注ぐ太陽光が、眼球に突き刺さる。 手で光を遮りつつ、ルイズはだらしなく口を開き、まるで犬のように舌を出した。 陽光を遮る手は、血や腸液で汚れている、それを軽く振り払って自分の体を見ると、所々が人間の体液で汚れていた。 「いやだ、もう、洗わなきゃ」 体についた汚れを手で払うルイズ、その足下では、まっぷたつに引き裂かれた死体がうごめいていた。 「NNNNNNBAAAAAAAA……」 ずるり、ずるりと体を動かそうとする死体は、ルイズの血によって食屍鬼(グール)と化していた、腕を動かし、体を引きずって、どこにあるか分からない獲物を食らおうとしている。 ルイズはそれを見ても何も思わなかった、汚いとか、怖いだとか、愛おしいだとか、そんな感情を一つも抱かなかった。 ただ一つルイズの心に浮かんだのは、誰かとの約束。 「……だめよ、食屍鬼は作らない」 そう呟くとルイズは、右手を食屍鬼に向ける、右手の掌からズブズブと杖がせり出し、その感触を確かめ優しく握り込む。 何を焼くのか、何を破壊するのかを強くイメージする、食屍鬼に杖の先端を向けたままルイズは後ずさり、木の陰に隠れた。 「エクスプロージョン」 呟く。 その瞬間、食屍鬼を強烈な光が包み込んだ。 その光は、バッ!という破裂音を伴う強烈なものであり、反射光がルイズの肌を僅かに焼いている。 火傷を負った時のようにルイズの肌がずるりと剥け、髪の毛は溶けかかって半分以上が皮ごと地面に落ちた、ジュウジュウと音を立てて液状化し、風化していく皮膚を見下ろしながらも、ルイズの体は徐々に再生されていく。 食屍鬼を見ると、その体は八割近くが液状化しており、溶けた先から次第に風化してハイになっている。 燃やされて灰になるのではなく、溶けて灰になる異常な光景が、人間とは違う存在なのを暗に強調していた。 くずれゆく食屍鬼を見つめていると、何かが頭の中に浮かんでくる。 ゴミ同然の人間が塵に還っただけ、それだけのはずなのに、何か別の光景がフラッシュバックする。 大勢の食料(エサ)が自分を見て顔を青くしている。 自分は、机の上に置かれた石ころが食料どもに見えるように、教壇の後ろへと回った。 今のようなエクスプロージョンではなく、練金を唱えて爆発が起こり、そのときの光で火傷を負った、その時あのゴミどもは、私に…キュルケは……… 「ツェルプストー……」 学生寮では隣の部屋にいた女、男を連れ込み楽しんでいる、ふしだらで下卑た女。 そして誰よりも我が儘で、そして誰よりも自由で、そして憧れていた女! あの褐色の肌にわたしを刻み込みたい、そうして永遠に私に微笑みを向けさせたい。 あれをわたしのものにしたい。 どくん!と心臓が跳ねた。 心臓が無くても、吸血鬼の肉体は全身に血を巡らせるが、基本的には人間と同じように感情が体に影響を与える。 風化した食屍鬼の臭いが漂う森の中で、ルイズは一人高鳴る胸の鼓動に、未知の快感と期待と、暗闇に光の差し込むような晴れ晴れとした気分を味わっていた。 「!」 不意に、ルイズの直感に何かが響いた、それは不自然な木ずれの音だったか、それとも遠くから聞こえてきた鳥の鳴き声が止まったことで感じたのか分からない。 しかし、確かに何かの異変を感じ取っていた。 ペキ、という小さな音が聞こえる、おそらく木の枝が折れた音だろう、いつの間にか10メイル近くにまで何者かの接近を許していた。 普段なら考えられない事だが、興奮して周囲の見えなくなっていたルイズには仕方のないことでもあった。 がさがさと草をかき分ける音が聞こえる、ルイズは音のする方向に目を向けた、そこには顔に火傷の痕を負った傭兵らしき男がいた。 マントを身につけているところを見ると、メイジなのだろう、優れた風のメイジか、木々の水を感じられる水のメイジだろうか、それとも地面の感触から周囲を知る土系統だろうか。 「おや、なんだ? 人間じゃあ無いな」 「………」 ルイズは無言だった、人間じゃないという呟きが本気だったとしたら、目の前の男は焦点の合わない濁った目ではなく、別の何かで自分という存在を判断している。 ルイズは呼吸を止めた、男の濁った目を見たからだ、あの目は何も映していない、かわりに聞こえてきたのは鼻息。 原理は分からないが、この男はルイズと同じように、五感の視覚以外のものに重きを置いているのだろう。 ルイズはゆっくりと、髪の毛をうちいくつかを逆立たせて空気の流れを感じ取る、まるで触覚のようなそれは周囲の音と風の流れを敏感に感じ取り、目の前の男の動きを感じ取る。 「なあ、教えてくれ、この臭いは何だ?燃やしたかと思ったが違う、人間だが人間でもない、まるで人間が泥になって、それが焦げたような死の臭いだ」 ルイズは無言のまま、腕から吸血馬の毛を伸ばし、剣へと形を整えていく。 「それに、おまえ。体温が低いぞ、石の裏に張り付いたトカゲのようだ、なのに、おまえは断頭台と同じ臭いがする!」 走り出すように重心を下げて地面を蹴る、水平に跳躍したルイズは一瞬で男との間合いを詰めて、手首から指先に向けて伸びた剣を振り下ろした。 パァン!という破裂音にも似た音が響く、ルイズの剣と、男が持つ金属の棒が衝突した音だ。 ルイズはその瞬間、悪寒という危険信号を受けて距離を取ろうとした、鉄の鎧でも切り裂ける吸血馬の毛が、鉄の棒で弾かれたのではなく、いなされたのだ。 人間を頭から一刀両断すべくこめられた力は、予想外の方向に逃げ、大きく崩れたルイズの体勢は一瞬の隙を作ってしまった。 「……っ!」 足を踏ん張り追撃しようとするルイズの目に、赤黄色に燃える炎が映る、咄嗟にデルフリンガーを構えようとして…背中に回した手が宙を切った。 「あ」 ボジュッゥと音を立ててルイズの右脇腹に炎が当たる、男の放った炎は、今までに感じたことのない程高密度なものだった。 ニューカッスルから脱出するときも、レキシントンに乗り込んだ時も、これほどの痛みは無かった。 「GAAAAAAAAAAA!!あ゛ はあ゛っ!」 炎は硫酸のようにルイズの体を浸食し、容易く肺にまで達した。 「はぐう゛ うぶっ……」 炭化した細胞は再生されず、もはや役に立たない、それどころか再生のために増殖しようとする細胞すら阻害している。 「いい臭いだ、思った通りだ、いや思った以上だな!断頭台の臭いだ!」 高笑いする男を睨もうとして顔を上げたが、姿はない、すでに木の陰に隠れているのだろう。 「ごろ じ でやる…」 肺を再生すべく漏れた体液が口にまで逆流し、喉に炭混じりの粘液がせり上がった。 ルイズは、油断していた。 相手を「風」か「土」のメイジだとばかり思いこんでいたのだ。 男の瞳は、焦点の合わぬ濁った瞳だった、それでも森の中を通り抜けられるのは、周囲の空間を敏感に察知できる風系統に違いないと思いこんでいたのだ。 一撃で自分を葬るほど強力な、火のメイジだとは思っても見なかった。 ルイズは周囲を見渡しつつ、視聴覚に神経を集中させる、一部焼けてしまった髪の毛を逆立たせて、空気の流れと熱を感じ取ろうとしていた。 「!」 真後ろから飛んできた熱の気配に驚き、ルイズは咄嗟に脇へと飛んだ。 炎はルイズが居た地面に衝突し、ぐわっと高熱を発して地面を抉る。 ルイズは炎の飛んできた方向を見ようとしたが、地面に落ちたはずの炎から一回り小さい炎の玉が現れたのを見て、地面をえぐり取るように腕を振った。 大人の腕ほどもある木の根を何本も巻き添えにして、エア・ハンマー並の土と風が炎の玉を襲う、ルイズは火の玉が動きを止めたのを見て、その隙に手近な木の幹に手を差し込んだ。 まるで『ブレイド』で刃と化した杖のように、ルイズの指先は硬質化して木の幹へと吸い込まれる。 腕に力を入れ木の幹を半分ほど引きちぎり、そのまま腕の水分を気化させて凍り付かせ、火の玉へと投げつけた。 バシュゥ!と音が響く、真っ赤に焼けた鉄棒を水に浸けたような音だ、それを聞いて盲目の男は、口元が醜くゆがむのを止められなかった。 「面白いぞ!先住魔法か、吸血鬼か?なるほど昼間なのにご苦労なことだ!」 ルイズは答えない、自分の位置を悟られないために息を潜め、音を立てぬよう静かに両腕から剣を生やす。 今の声で、相手の位置は掴んだ、問題はそこまでの距離、わずか8メイルなのに木々が障害物となり、思うように相手に接近できない。 直径1メイル程度の木なら蹴り倒して、文字通り蹂躙することはできるが、相手のファイヤー・ボールに対応できなくなる。 エクスプロージョンは使えない、詠唱が長すぎるだけでなく、自分の身まで危うくなる。 接近しなければ、相手を倒す手が無い。 …そう思いこんでいたルイズの素肌に、正面から飛び来る熱の感覚があった。 バックステップで木を背にし、火の玉が衝突する寸前で回避したが、また別の火の玉が地面すれすれを飛んで来た。 「くっ!」 余裕のない戦いに、ルイズは焦りを感じていた。 一方、別の木の影に身を隠した、盲目の男にも焦りがあった。 相手の斬撃を杖でいなすことは出来たが、その時の衝撃はオーク鬼とは比べものにならぬ程強烈だった。 かろうじて骨折は免れたが、右腕全体がしびれ、感触がない。 治癒の得意な部下に治させなければ不味いな、とまで考えていた。 そんな不安があっても尚わき上がる興奮が、男を狩猟者に仕立て上げていく、今まで炎を追い続けてきた自分が、炎とは正反対の、冷たいものに気を惹かれたのだ。 どんな容姿をしているのか分からないが、数メイル先に潜む女は、間違いなく剃刀のような鋭さと氷のような冷たさを兼ね備えている。 そして何より死の臭いがする。 屍体の臭いではない、自分が死ぬ、それを連想させるだけの力が相手には備わっている。 それこそが死の臭い。 「ガキどもを燃やす前に、こんな相手と出会えるとはな…くくくく…」 腹の奥からせり上がる笑みは、まさしく狂人の笑みであった。 「…また、外した」 顔をかばった右手、その指先が炭化して崩れ落ちた。 だが、それが少し不可解だった、正確に体の中心を狙ってくる火の玉が、気化冷凍を行った時だけブレるのだ。 「音じゃない…熱、そう、火のメイジなら熱ぐらい感じ取れる、そういうことね…!?」 ルイズは手近な木に手を当てると、腕の温度をグンと引き下げて、木の幹を凍り付かせた。 「おおおおあああああアァッ!」 全力で打ち込まれた回し蹴りが木の幹を砕き、凍り付いた木片を飛散させる。 一方盲目の男は、ズドォッ!という爆発音と共に、周囲の温度が急激に乱れたことに驚かされた、だがすぐに冷静になると身を低くして襲撃に備え、周囲の熱を感じ取れるよう集中しはじめた。 「…………ナウシド・イサ・エイワーズ」 その耳に聞こえてきたのは聞き慣れぬ詠唱の声。 「先住魔法か?」 盲目の男は、声の聞こえる方にどんな「熱」があるのか感じ取ろうと集中した、だが周囲の温度が下がったままで上手く感じ取れない。 「ちっ、無駄遣いだな」 そう呟くと、ファイヤーボールを詠唱し、火の玉を声のする方に向かって飛ばしていく。 密度の薄いそれは、人間が歩くほどの速度で木々の隙間をすり抜けていく、それによって熱せられた地面や木々の「熱され方」で、地形と状況を判断していった。 先住魔法の中でもやっかいなのは、木々のツタを自由自在に操る魔法と、風の刃だとされている。 大地を操る先住魔法や、姿形を変える魔法はごく希で、噂しか伝わっていない。 しかし吸血鬼や翼人、いわゆる亜人と戦った中では、風の刃や木々のツタが特に厄介だった。 だが、先住魔法はルーンの詠唱ではなく、言葉を用いて語りかけるように唱える。 故にどんな魔法が行使されるのかすぐに分かるのだが、今敵対している相手から聞こえるルーンは、今まで一度も聞いたことがなかった。 「ニード・イス・アルジーズ……」 「そこか!」 ようやく特定できた位置に向けて、高密度のファイヤー・ボールを飛ばす、途中にある木々を焦がしながら風きり音を鳴らして敵へと向かっていく。 「ベルカナ・マン・ラ ぎゃあっ! 」 「捕らえたぞ!」 追撃をすべく、ファイヤーボールを上回るフレイムボールを詠唱しようとしたところで、周囲の空間が歪んだ。 「がァッ!ああぐ、うぐっ…」 ルイズが唱えていたのは、ティファニアの得意とする忘却の魔法だった、一時的に戦意を喪失させれば勝てると思い、これを選んだ。 しかし忘却の魔法は相性が悪いのか、ルイズが唱えるときはエクスプロージョンと比べて高い集中力を要求される上に消費する精神力も大きい。 そのため、詠唱中に意識を失うこともある、ほんの一瞬出来た隙に、ファイヤーボールが打ち込まれ、ルイズの胸に大穴が開いた。 だが、忘却の魔法は不完全ながら発動したのか、相手の動きが途切れたのが分かる。 「あ、足が……動け、うごけっ」 胸に開いたこぶし大ほどの穴から、炭化した脊椎がぼろぼろとこぼれ落ちる。 びくん、びくんと足の筋肉は動くものの、力が入らず立つことができない、仕方なく両手に力を入れて、体を引きずっていこうとしたそのとき、遠くから草をかき分ける音と、足音が聞こえてきた。 「隊長!」「お頭ァ!」 「…んん?ああ、なんだお前ら、こんなところでどうしたんだ」 「お頭がなかなか戻ってこないんで、探しに来たんですよ、どうしたんですかい、杖まで落として」 「杖? ……ああ、手が痺れて落としたんだ、あ?おかしいな、俺はなんで手が痺れてるんだ?そもそも俺は……」 「た、隊長、そろそろロサイスに向かわないと、トリステインに間に合いませんぜ」 「そうですぜお頭、魔法学院とやらを、焼き尽くしてやるんでしょう?」 「……ああ、そうだ、そうだな。トリステインに行くんだった……ああ、くそ!いい香りがあったのに、焼き損なった!ガキどもを燃やしたぐらいじゃ足りなさそうだ」 「お頭、いったい何を」 「まあいい、ロサイスに行くぞ、良いところだったのに水を差された気分だ、焼き尽くしてやる、ガキも大人も、じじいもババァも、全部だ」 ガサガサと音を立てて、ルイズから離れていく男達の会話は、ルイズが見過ごせるものではなかった。 「まほう…がくいん……ああ…伝えなきゃ…伝え…なきゃ…」 未だ動かない下半身を引きずって、ルイズは動き出した、男達とは別の方向へ、ロサイスとはほぼ逆方向の、ウェストウッドへと。 周囲の音を確認しながら、下半身を引きずって移動するのは、予想以上の神経を使う。 その上気化冷凍法を使いすぎ、体液が激減した体では肉体が再生しにくいので、何者かと出会うことは避けなければならなかった。 「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ」 乾く、喉が渇く、体が乾いている。 どうしようもない程の乾きが襲いかかってくる、それを癒すのは水ではなく、血。 血がほしい、血がほしい、血がほしい! 時折、街道が見える位置まで移動し、自分の位置を確認しながら、ルイズは腕だけで体を引きずっていく。 「ハァッ……ハァ……ァ……」 目の周りが乾き、唇はガサガサに固まり、口内は水分を失い萎縮している。 日は傾き、そろそろ夕方になろうとしている。 「あ……グ…」 ネズミ一匹捕らえられない体が、とても恨めしかった。 その気になればハルケギニアを食屍鬼うごめく死の国に出来る、けれども今自分は死にかけている。 どんな巨大な力があっても、飢えと乾きには決して勝つことができない。 ほんの少しの、ほんの少しの血が欲しい。 鶏でも、ネズミでも、野ウサギでも何でも良い、ほんの少しの血があれば体が再生できる。 ルイズは、仰向けになって、木々の隙間から見える空を見上げた。 夕焼けが終わりかけた空の色は、死体に溜まった血のように紫色をしていた。 「うわ!なんだ、行き倒れか」 「お父さん、どうしたの?」 「こっちに来ちゃ駄目だ、…こりゃひどいな、なぶり殺されたのか…」 ルイズの頭上で誰かの声がした。 二十代後半ほどの、たくましい体つきをした男が、ルイズの側に跪き首に手を当てている。 「体温もない…駄目か」 「ねえお父さん、その人…」 「ジュディ、駄目だよ、この人はもう死んでるんだ、あまりじろじろ見ちゃいけない。…それよりも木の実は捕れたかい?」 「うん、こんなに取れたよ」 「そうか、駅で夕食にしよう。もうそろそろ夜になる…明日はこの人を埋めてやらないとな」 そう言って男は、駅のある方向を見た。 町から町へ移動するのに、馬で二日三日が当たり前なので、途中に宿泊が出来る”宿場”や、馬を預けて休むことが出来る”駅”が街道沿いにあるのだ。 「…今、埋めてあげられないの?」 「もうすぐ夜になる、手伝ってくれる人がいれば別だけど、ほら見てごらん、街道にも人はいない、それに声をかけても手伝ってくれないさ。明日にしようね」 「うん…」 男は、ジュディと呼んでいる少女の頭に手をのせた、厚手の布で作られたエプロンドレスのスカートをたなびかせて、少女は元気よくうなずいた。 「ごめんなさい。あした埋めてあげるから…」 そう言ってルイズに近寄った少女の額に、銀色の何かが突き刺さった。 男の視線からは何も見えない、ジュディの額を貫いた刃も、もちろん見えることは無い。 「ジュディ?」 じっとしゃがみ込んだまま動かない少女を訝しみ、男が声をかけた。 ぐらりと少女の体が倒れる。 「ジュディ!?おい、どうし…た…」 抱き起こして顔を近づけると、薄暗い森の中でも分かるほど、少女の顔には大きい亀裂が走っていた。まるでザクロのように。 「……うわああ ぐっ…!……!…!!!」 叫び声を上げようとした男に、ピンク色の髪の毛が絡みつく、髪の毛はズブズブと皮膚を浸食し、男の体から血液を搾り取る。 ルイズは、男が抱き上げていた少女の亡骸を取り上げると、首筋にかみつき、肉を引きちぎり、租借した。 どんな巨大な力があっても、飢えと乾きには決して勝つことができない。 ほんの少しの、ほんの少しの血が欲しい。 鶏でも、ネズミでも、野ウサギでも何でも良い、ほんの少しの血があれば体が再生できる。 ささやかな食事を望んだのに、それなのに、人間という極上のエサが来た。 ああ始祖ブリミルよ、あなたに感謝いたします。 …… 「ふわ…」 いつになく清々しい朝を迎えた。 木漏れ日は柔らかく、そして優しい。 まだ日の出から間もないようで、空は少し暗いようにも思えた。 「ああ…よく寝たわ」 呟きつつ背伸びをする、両手を組んでうーんと背を伸ばし、首を左右に振ると、目が覚めてくる。 「ああ、そうだ、こうしちゃいられない。魔法学院が襲撃される…急いでワルドに伝えないと!」 立ち上がり、両手、両足の感触を確かめる、昨日焼かれた部分をなでると、さすがに違和感があった。 吸血鬼の体でもすぐには再生できない、ひどい怪我だったと、ルイズは記憶している。 それなのに多少の火傷痕が残るぐらいで、機能的にはほとんど問題ないレベルにまで回復している、ルイズはそのことに驚いた。 「怪我の治りが早いのは、いいわね」 そう呟いてあたりを見回し、誰かに見られていないかを確認する。 街道からは近すぎず遠すぎず、しかし一目では分からない距離。 今のところ誰にも見られていないだろう、そう考えてウェストウッドへ足を向けたルイズは、地面に転がった何かを蹴飛ばした。 「あれ?」 見るとそれは、男の首。 その傍らには、獣に食い散らかされたような、少女の左半身。 「え…」 鮮明に、喜びと共に浮かんでくる昨夜の記憶。 犬のように四つんばいになり、男の体から血を吸い、少女の肉を味わい…… 「あ、ああ、あああああ」 ルイズは駆けだした。 ここに止まるべきではないと、初めて盗みを犯した小心者のように、怖くなって逃げ出した。 しかし何よりも怖かったのは、少女の肉の味を思い出した瞬間のこと、ルイズ自身が感じていたのは嘔吐感ではなく、美食を味わう幸福感だった。 「たすけて」 森の中を一心不乱に走り抜けながら呟く。 「たすけてよ、助けてよ! ブルート!」 To Be Continued→ 66< 目次 68
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かつては、白の国アルビオンの象徴とうたわれたニューカッスルの城。 城壁は砲撃と魔法による攻撃で瓦礫と化し、焼け焦げて腐りかけた死体がそこかしこに転がっている。 アルビオン貴族派であり、反乱軍でもあった『レコン・キスタ』は、一応の勝利を収めたものの、この戦闘で尋常ならざる被害を被っていた。 王党派の戦死者は約二百人、生き残りはゼロだった。 しかし、レコン・キスタの戦死者数は約二千、怪我人も合わせれば四千を超える甚大な被害だった。 ニューカッスルの城は アルビオンの岬の突端に位置しており、歩兵は地続きの場所から攻めることしかできない。 密集したレコン・キスタの兵達は、城壁を飛び越えて現れた一頭の馬に、文字通り踏みつぶされた。 まるで草原の草を踏みしめるが如く、街道の土を跳ね上げるが如く、兵達を踏みつぶし、弾き、蹂躙したその馬は、兵士達の目には巨大に見えた。 いつしかその話は噂となり、膨らみ、10メイルを超える巨大な馬があらわれたと、噂で語られることになった。 城壁に残った王党派の兵士達も、残り少ない火の秘薬を使って応戦していた。 だが、城壁の内側へと侵入されてしまう頃には、秘薬も精神力も付きてしまい、王軍のメイジたちは貴族派の雑兵に討ち取られて、命を散らせていった。 ニューカッスルの戦いは、伝説となった。 自軍の十倍以上の損害を与えながらも、文字通り全滅した王党派の戦い。 この戦いは敵味方関係なく、軽んじられる事無く、伝説となった。 戦闘が終わった、その翌日、死体と瓦礫が入り混じるニューカッスルの城内を見聞する貴族の姿があった。 羽のついた帽子に、トリステインの魔法衛士隊の制服を着た男、裏切り者のワルドだった。 周囲では、レコン・キスタの兵士達が死体に群がり、身ぐるみを剥がし、金目の物を探している。 元は傭兵だったのであろう下品な男達もまた、メイジの杖を回収しては「何人殺したか」などの話をしている。 ワルドは、その様子を見て、あることを思い出して舌打ちをした。 ルイズは、土くれのフーケと戦って死んだ。 ワルドとルイズは、双方の親が決めた許嫁であったが、ワルドはそのことにあまり強い関心を持っていなかった。 公爵家の令嬢と結婚し、位を上げるという意識はあったが、ルイズに対しては強く執心していなかった。 婚約を決めた母が、無念の死を遂げてしまってから、ワルドは一心不乱に魔法の腕を磨き、魔法衛士隊に入隊した。 権力欲にとりつかれたわけではない、亡き母のために、ラ・ヴァリエール家の『烈風カリン』に少しでも認められようとしたのだ。 だが、魔法衛士隊に入り、隊長にまで上り詰めたワルドが見たものは、トリステイン貴族達の腐敗した実体だった。 自分の利権だけを考え、名目をつけて国庫の金をかすめ取ろうとする、そんな貴族達がワルドよりより高い位を持っていたのだ。 母から理想的な貴族としての教育を受けてきたワルドは、その現実から目を逸らそうとして、反らせなかった。 ワルドがレコン・キスタからの誘いを受けたのは、それだけが理由ではない。 胸に下げたロケットを右手に取り、親指で開くと、そこには母の絵が納められている。 亡き母の面影を思い出そうとすると、自然にもう一人…ルイズの姿も一緒になって思い浮かぶ。 母が死んだ後で、許嫁まで死んだと聞かされたワルドは、久しく会っていない許嫁の少女を思い出して、泣いた。 どうでも良いと思っていた相手だが、思い返してみると、ルイズと会っていた頃は楽しかった。 今となってはかなわぬ夢を思い浮かべ、目を細めたワルドに、後ろから何者かが声をかけてきた。 「子爵! ワルド君! 件の手紙は見つかったかね?」 ワルドは無言で首を左右に振った、そして、声をかけた男に振り返る。 「閣下。どうやら、手紙は巨馬を操る男に持ち去られたようです。私のミスです。申し訳ありません。なんなりと罰をお与えください」 「何を言うか!いや子爵、きみはよくやってくれた、王党の者は三百はいたと聞いている、そのうち百は君が排除したのだろう、それに火薬庫を上手く破壊して戦力を削いだとな!」 「もったいないお言葉です。ですが私めは手紙を奪取する任務に失敗致しました」 「なに、子爵、確かにそれは重大な責任ではある、しかしあのような傭兵がいるとは君ですら判らなかったろう。余が、いまだ『虚無』の一部しか手にしていないようにな」 クロムウェルはにかっと笑うと、身ぐるみを剥がされて転がっている王党派の兵士に杖を向けた。 小声での詠唱がクロムウェルの口から漏れる、詠唱が完成すると、クロムウェルは周囲に水を振りまくかのように杖を振り下ろした。 「うあああああああああ!」 「ひいいいいいいい!」 周囲から悲鳴が聞こえる、ワルドは声のした方に振り向いた。 すると、そこには死体となっていた兵士達が立ち上がっていたのだ。 それを見て驚いたのか、先ほどまで死体の身ぐるみを剥いでいたレコン・キスタの兵士達が、腰を抜かしている。 腐りかけたもの、死斑の浮き出たものすら、生気を取り戻して生前のように顔が明るくなる。 彼らの瞳が開かれ、そして、クロムウェルへと一礼した。 「やあ、おはよう。余の同胞達よ」 クロムウェルがつぶやくと、よみがえった兵士達は顔を上げて、一様に微笑み返した。 「大司教猊下、お久しゅうございます」 「おや、すまぬな、この服装では『僧』に見えるか、今では皇帝なのだよ」 「失礼致しました。閣下」 ひとり、またひとりと兵士達が蘇り、クロムウェルへと跪いた。 「どうだねワルド君、生前は敵であったが、死んでしまえばみなともだちなのだ、友達となったからには、余が『虚無』にて生を与えねばな」 「…はっ」 裏切り者のワルド、そして死体の兵士達は、レコン・キスタの皇帝を囲うようにして歩いていった。 ワルドは、生き返った死者の姿を見ながら、ルイズを母を思い出していた。 それから数日後のこと。 半ば無理矢理タバサの実家へと連れて行かれたシエスタが学院に帰ると、早速ロングビルに呼び出された。 オールド・オスマンからの叱責が待っているのだろう。 シエスタは学院長室で、タバサに連れて行かれた時の事情を説明した。 「ミス・タバサの実家で何を頼まれたのか話して貰うぞ」 「はい…」 「判っておるよ、口外はせん…すまんがミス・ロングビル、しばらく席を外してくれんかね」 「判りました。…ミス・シエスタ、セクハラされたら全力で殴って構いませんわ」 ログビルが部屋を出た後、オールド・オスマンはほっほっほ、と気まずそうに笑った。 よく見るとオールド・オスマンの服にはロングビルの足跡が付いている気がしたが、気にしないことにした。 オールド・オスマンがディティクト・マジックで周囲を確認し、サイレントで音を遮断する。 そしてシエスタは、タバサの実家で起こった出来事を、事細かに話した。 「なんという無茶をしたんじゃ、深仙脈疾走を使うとは…。ほれ、おでこにちょこっと白髪が覗いておるぞ」 「えっ、え?」 シエスタが白髪と聞いて、少し慌てた様子を見せる。 事実、昨日から今朝にかけて伸びた髪の毛は、色素を失って所々白くなっている。 タバサが水の魔法でシエスタの身体を整え、波紋の呼吸をすぐに再開したので目立つことはないが、シエスタの頬は少しこけており疲労の色が見えていた。 「深仙脈疾走は二度と使ってはならんぞ、よく覚えて起きなさい。それにしても深仙脈疾走でも治せないとは、難しいのう」 「波紋を使って毒を押し出そうと思ったんですが、毒を押し出そうとすると毒が増えた気がするんです」 「ほう?詳しく説明してくれんか」 オールド・オスマンがテーブルに肘を突き、身を乗り出すかのように身体を前屈みにした。 「この間、水の秘薬を用いた毒を解毒したのですが…」 「ギーシュ・ド・グラモンの件かの?」 「ご、ご存じだったんですか!?」 シエスタが慌てた、ご禁制の品が学院内で使われていたと知っていながら、なぜオールド・オスマンが何も言わなかったのか、不思議に思った。 「ほっほっほ、まあ、若いうちに痛い目にあっておくべきじゃ、いい経験になるじゃろうと思って、黙っていたんじゃよ。それで水の秘薬がどうしたと?」 「はい、水の秘薬はラグドリアン湖に棲む『水の精霊』の身体の一部だと授業で聞きました。他の毒と違って、精霊の身体の一部を使っているせいか、毒自体に意志がある気がするんです」 「意志…ふむ、言い得て妙じゃな」 「毒を押し出そうとすると、後から後から毒が作られてしまいます。毒を作る原因を取り除こうとすると、今度は毒が身体に回ってしまう…そんな気がしました」 「それほどの毒はワシでも知らんな、フェニアのライブラリーに資料があるかもしれんが…期待はできんな」 「私、貴族の人は、綺麗な服を着て、美味しいものを食べて、いいなぁって思ってました。でも、タバサさんを見て、楽なだけじゃないと…思ったんです」 「立場には責任がある、これは望むと望まざるとじゃ、シエスタもそうなんじゃぞ?」 「はい…」 顔を俯かせたシエスタ、それを見たオールド・オスマンは、ふと机に置かれている小さな水盆に視線を移した。 水の上には針が浮かべられており、それが時刻を指している、よく見ると昼食の時間が迫っていた。 「……あの」 「ん?なんじゃ?」 「罰則とか…」 「ほうほう、罰則とな、補習がお望みかの」 「いえ!決してそういうわけでは」 「ふぉっほっほ、まあ気にするでないわ。ま、今度から遠出するときはワシにちゃんと言ってからにしなさい」 「…ありがとう、ございます」 シエスタは、オールド・オスマンの心遣いに感謝した。 礼をして学院長室を出ると、オールド・オスマンの部屋は静かになる。 使い魔のハツカネズミ、モートソグニルがちょこんと机の上に飛び乗ると、オールド・オスマンを心配そうに見上げた。 「おお、モートソグニル。ワシを心配してくれるのかの?すまんの、ほれ、お前の好きなチーズをやろう」 机の中から高級そうな包みに入ったチーズを取り出すと、小さく千切ってモートソグニルに食べさせた。 「ふう…深仙脈疾走か…予想以上に成長が早いの」 オールド・オスマンは、机の中から『太陽の書』を取り出して、何も書かれていないページを開いた。 精神を統一して集中力を高め、波紋の呼吸で精神力を高め、ゆっくりと、力強く杖を振り下ろした。 その日の晩、ルイズはアンリエッタの私室で、椅子に座って月夜を見上げていた。 ルイズは、アンリエッタから渡されたナイトドレスを着ており、白を基調としたナイトドレスは、ルイズの肩から膝までを隠している。 上質な繊維がつやつやと月明かりに照らされて、輝いていた。 髪の毛はアンリエッタと同じ色に染められ、月明かりに照らされた髪がマゼンタの色を表していた。 ルイズは、アンリエッタの影武者になっていたのだ。 これまでのことを思い出すと、思わずため息が漏れる。 ついこの間、トリステイン王国王女アンリエッタと、帝政ゲルマニア皇帝アルブレヒト三世との婚姻が正式に発表された。 式は発表から一ヵ月後に行われる予定だが、それに先だって軍事同盟が正式に結ばれることになった。 ゲルマニアの首府ヴィンドボナで行われた同盟の締結式(ていけつしき)には、トリステインからの大使として宰相のマザリーニ枢機卿が出席した。 その翌日、アルビオンでは、王党派を討ち滅ぼした反乱軍『レコン・キスタ』が、新政府樹立を公布した。 アルビオン帝国の初代皇帝として、クロムウェルはすぐに特使をトリステインとゲルマニアに派遣し、不可侵条約の結ぶと伝えた。 アルビオンの空軍は強大であり、トリステインとゲルマニアが同盟を結んだとしても対抗しきれるものではない。 同盟を結び、軍備を増強することで抑止力としての形を整えようとしているのだ。 トリステインとゲルマニアは、不可侵条約を結ぶことに賛成し、表向きは平和な日々が訪れた。 だが、王宮の内情を見たルイズは、とても今が平和だとは思えなかった。 アンリエッタは、ウェールズの影響で王族としての心がけ、心の有り様を磨いてはいるものの、今までが悪すぎた。 マザリーニ枢機卿の顔も見たくない、そう思っていたことも少なくはない、自分の知らぬ所で政治が行われ、自分の知らぬ所で法律が決まり、自分の知らぬ所で国が動いていく。 『王女様』として育てられたアンリエッタは、王族はその絶対的な王権を以て恐怖を与えねばならないと知っている。 アンリエッタの祖父、名君とうたわれるフィリップ三世の治下では、その威厳が貴族と平民に恐怖を与えていたが、王として愛されていた。 だが、アンリエッタは愛されるという部分だけ増長させて教育されていた、誰の責任かと問われれば、誰の責任とも答えられないだろう。 フィリップ三世は名君だった、だが、名君であるが故に、彼の跡を継ぐ者が彼と比較されたのだ。 不満は侮蔑へ変わり、侮蔑は陰謀を生み…アンリエッタをを取り巻く環境は、徐々に混沌としていった。 その陰謀からアンリエッタを守ろうとした王妃によって、アンリエッタは、過剰に庇護されて育ったのかも知れない。 それが原因で、アンリエッタはトリステインを実質的に動かしているマザリーニを好んでいなかったのだ。 ルイズは、アンリエッタのベッドに寝そべり、再度ため息を漏らす。 トリステインと、アンリエッタを取り巻く現状を考えると、ため息の一つや二つでは収まらない。 ゲルマニアとの婚姻が発表された時、アンリエッタは泣いた、ウェールズが声をかけても、それを払いのけてベッドにしがみつくほど取り乱し、泣いた。 ルイズはその姿に一抹の不安を覚えた。 吸血鬼であるルイズの能力と、ウェールズという恋人に依存しすぎて、王女としての立場を放棄してしまうのではないかと不安になった。 もしかしたら、自分がここに顔を出したのは失敗だったのかも知れないと思うほど、不安になっていた。 ガチャリと扉が開かれて、アンリエッタが入ってきた。 アンリエッタは式の日取り、ゲルマニアとの軍事同盟について等、説明を受けていたはずだ。 だが、なぜかアンリエッタは、泣きはらしたように目を充血させていた。 「アン…」 「ルイズ、大丈夫、私は大丈夫…」 アンリエッタは、ルイズの隣に座ると、ルイズに寄りかかった。 今のルイズの身長はアンリエッタより高い、だが、それは手足に埋め込んだ骨のせいであって、座高は変化していない。 骨をいじれば座高も変えられるが、手間がかかるため、そこまでは手を入れていない。 アンリエッタは、ルイズに身体を預けたまま、ぽつりぽつりと話し始めた。 「ウェールズ様に、怒られちゃった」 「え?」 「私、甘えてばかりだって、自分を叱ってくれる人がいなくなるのが、どんなに不安なことか知らないんだって、言われたの」 「………そっか、怒られちゃったんだ」 「…私、逃げてきちゃった、ウェールズ様には判らないのです…って言って、それから、気づいたの」 ルイズは、アンリエッタの肩に手を回して、抱きしめた。 ロングビルに抱かれて眠ったときのように、アンリエッタを優しく、そして強く抱きしめた。 「ウェールズ様…もう、叱ってくれる人も、国も、何もかも失ったのに、私…ウェールズ様にひどいこと…言ってしまったの…」 アンリエッタの言葉に嗚咽が混じる、それを聞いてルイズは、母が子供の背を撫でるように、アンリエッタの背中をさすった。 静かな室内に、少女の泣き声だけが響いていた。 やがて、アンリエッタは泣き疲れたのか、そのまま眠ってしまった。 ルイズは、何かを確かめるようにアンリエッタの頭を撫で、ある一点を見つけ出した。 しゅるしゅると音がして、ルイズの髪の毛が固まり、やがて針のようなものが作り出された…。 アンリエッタが眠ったのを確認すると、ルイズはナイトドレスを脱いだ。 裸になり、姿見の前に立って、身体の骨格を調節する。 念入りに左右の長さを調節してから、ローブ姿に着替えた。 もっとも、このローブは今まで使っていた物とは違い、黄土色に染められた高級なもの。 みすぼらしいローブでも良かったのだが、それではアンリエッタや城内の者達への印象が悪いので、城内にいる限りはこれを着けることにしている。 アンリエッタの私室を出ると、部屋の前にいた衛兵が訝しげにルイズを見る。 ルイズは、顔の特徴を見られないためにも、城の中でもフードを深く被っていた。 いかに影武者とはいえこのような姿をしていれば怪しまれるのも無理はないしかも出自の不明なのだ。 しかし、この正体不明の影武者に、アンリエッタが信頼を置いているのは端から見ても理解できる。 「姫様はお眠りあそばされました、失礼致します」 体裁を整えるため、ルイズは衛兵に一礼して、その場を去っていった。 「………」 衛兵は無言で頷き、廊下の奥に消えたルイズを見送った。 「何者なんだ」 彼女の後ろ姿は、姿形こそアンリエッタだったが、もっと別の誰かに似ている気がした。 ルイズが向かった先は、ゲストルームの一つであるが、そこは今ウェールズの部屋として使われている。 扉をノックをすると、相手の返事を待たずにルイズは部屋に入り込んだ。 「ああ、君だったのか」 ソファに座っていたウェールズが、テーブルに広げられた沢山の書類を前にしていた。 「夜分遅く、失礼致しますわ。ウェールズ・テューダー閣下」 「よしてくれ、アルビオンで新政府が樹立した今、私はただの逃亡者だよ」 「その台詞、アルビオンで圧政を強いられてる民が聞いたら、さぞかし残念に思うでしょうね」 「……そうだな、いや、こんな冗談は言うべきではなかった、すまない」 真剣に悩むようなその姿がおかしくて、ルイズはクスリと笑みを漏らした。 「ま、それはそうと……アンが泣きついてきたわよ。ウェールズ様に酷いことを言っちゃった。ですって」 「ああ、そのことか、僕は気にしていないよ、彼女と僕とでは立場が違うのだからね」 「…アンは、貴方がことあるごとに厳しく注意するから、それがご不満みたいよ」 「それだけどね、いや、昨日も太后マリアンヌ様に、侍女を通じて言われたばかりなんだ」 「太后様に?」 「ああ”夢はいずれさめます”とね」 ルイズは、ふぅん、と鼻を鳴らして、ウェールズと向かい合わせのソファに座った。 「夢、ねえ…どんな意味かしら」 「僕が現実に存在していては、邪魔なのだろう。けれども、それほど不快には感じていない…僕を心底から邪魔だと思っているなら、直接的に僕とアンを引き離すさ」 「アンがゲルマニアに嫁ぐ前に、夢を見させてあげて欲しい、そんな意味もあるのかしら」 「さあね、そこまでは判らない…でも、僕はただ夢の中の人物のように、陽炎となって消えるつもりはない。」 思わず、ルイズは自分の母を思い出した。 その厳しくて力強い姿を思い出すと、どこか悲しくなる。 「…僕は、陽炎のようになるのならば、いっそアンリエッタの礎になりたい。アンリエッタに、もう少しだけ”覚悟”を知って欲しい…」 ウェールズの言う「別れ」とは、ゲルマニアとの婚姻のことであろう。 ゲルマニアとの婚姻が正式に発表された今、アンリエッタはゲルマニアに嫁ぐことが決定したようなものなのだから。 ルイズは、懐からワインを取り出すと、テーブルの上に置いた。 ソファから立ち上がりゲストルームに備え付けられている戸棚を探し、そこから足の長いワイングラスを取り出した。 「一本くすねてきたわ、貴方もいかが?」 「そうだな、僕も丁度、そろそろ飲みたいと思った所なんだ」 ルイズはワイングラスをテーブルに置くと、ローブの中で髪の毛を何本かつまみ、長く引き延ばした。 触手のように伸びた髪の毛が、半開きの扉から廊下へと出て、センサーのように働いた。 ウェールズが、グラスにワインを注ぐと、二人はそれを手にとって、互いのグラスを軽く触れさせた。 「ウェールズ様お手ずから注いで頂いたワイン、光栄ですわ」 「そう言って貰えるとありがたい。…アンリエッタのために」 「アンリエッタのために、乾杯」 ワインが喉を通り、身体の中へと入っていく。 久々のアルコールで、ウェールズは顔が熱くなった気がした。 「ねえ、折角だから、アンとの馴れ初めを教えて頂けないかしら。アンったら、恥ずかしがって喋らないのよ」 「それを僕に聞くのかい?参ったな…だが、まあ、いいか…私とアンリエッタはラグドリアン湖でね…」 ウェールズは、アンリエッタとの出会いを語り始めた。 三年前、ガリアとの国境沿いにあるラグドリアン湖で、太后マリアンヌの誕生日を祝う園遊会でのこと…。 ハルケギニア中より招かれた貴族や王族が招待され、湖畔に設けられた会場で社交と贅の限りをつくしたパーティが開かれたという。 二週間にも及ぶ園遊会が、丁度中日を迎えた頃だろうか、当時十四歳のアンリエッタは従者の目をかいくぐって会場を抜け出し、一人で湖にいたそうだ。 おそらく、連日の豪勢な園遊会に嫌気が差したのだろうと、ウェールズは語った。 「そこでね、僕は湖で泳ぐ彼女の姿を見てしまったんだ、月明かりに照らされて…そう、妖精かと思うほど、綺麗だった」 「のぞき? もう、オールド・オスマンじゃあるまいし」 「はは、まさか夜中に王女様が泳いでいるとは思わないだろう、だが見とれていたのは事実だ。否定はしないよ。」 ラグドリアン湖畔を散歩していたウェールズは、湖で泳ぐアンリエッタを偶然見つけ、そこで二人は語り合ったらしい。 二人は、自由に恋愛できる立場ではないと知っておきながら、恋に落ちた。 「アンリエッタは、影武者を使って、夜を抜け出したそうだ。…君は今アンリエッタと同じ色に染めているが、地毛は桃色がかったブロンドだったね」 「…まさか、あの園遊会で影武者を頼まれたのは、ウェールズ様との逢い引きのためかしら」 「驚いたな!まさか影武者本人だったとは、いや、奇妙な運命の悪戯というのは、本当にあるのだな」 「あの一件があったから、私とアンも仲が良かったのよ。…ここは貴方に感謝すべきかしらね?」 「はは…そうかもしれないな」 ウェールズは機嫌良く笑うと、話を続けた。 アンリエッタに、好きだと告白したときのこと。 ラグドリアン湖の精霊に、愛を誓ったこと。 退屈だった園遊会は、アンリエッタとウェールズにとって、かけがえのない時間に変わっていった。 その頃、ベッドで眠っていたアンリエッタは、鏡に反射する月明かりで目が覚めた。 「…ルイズ?」 傍らには誰もいない。 ここのところ、アンリエッタはルイズと一緒に寝ていた。 ルイズが身長を変えられると知って、影武者を頼んでいたのだが、同じベッドで寝るのは少々やりすぎだろう。 アンリエッタは、ルイズに依存しているのだ。 足首までを包むマントを羽織ると、アンリエッタは徐に部屋の扉を開けた。 「ル…私の『影』は?」 アンリエッタが出てくると、衛兵はすかさずひざまずき、質問に答えた。 「先ほど、出て行かれました」 「そう…アニエスを呼んで頂戴」 「…はっ」 アニエスと聞いて、衛兵の返事は心なしか歯切れの悪いものに変わっていた。 ウェールズの部屋では、ルイズが年頃の少女らしく、心を躍らせながら話を聞いていた。 「そう、それでキスは…どんな感じだったの?」 「おいおい、根掘り葉掘り聞くのは止めてくれよ、いや、確かに柔らかかったよ」 酔っているのか、ウェールズは心中をさらけ出していた。 ウェールズは年の近い友人には恵まれなかったが、目の前にいるルイズは戦友であり、数少ない気を許せる仲間だった。 それが彼を饒舌にさせていたのだろうか。 「それでね、僕は帰ってから…」 ウェールズの話を聞いていたルイズだったが、ふと、廊下にまで伸ばした髪の毛に、違和感を感じた。 床に接触した髪の毛が、僅かな振動を感じさせる。 二人組の女性のもので、一人は靴の音から考えてアンリエッタだと予測できる。 「ねえ、話は変わるけど、アンリエッタに何故辛く当たるのか…それを教えてくれないかしら」 少し大きな声で、ルイズが言い放つ。 すると半開きになった扉の前で、足音が立ち止まったまま動かなくなった。 ルイズは、廊下にまで伸びた髪を、廊下にいる人物にも、ウェールズにも気づかれぬように巻き戻していった。 「…僕は、アンリエッタを愛している」 ウェールズはワイングラスをテーブルに置き、膝の上に肘をついて、俯いたまま語り始めた。 「アンリエッタを生み育てた、このトリステインも、言わば僕はアンリエッタに繋がる全てを愛している」 「…大きく、出たわね」 「ニューカッスルの城で死ぬつもりだったのは、そのためさ。戦乱の渦を広めぬ為にも、僕は死ぬと判って戦う決心をしたんだ」 ウェールズは、いつになく饒舌だった。 彼の口から、様々な言葉が飛び交い、そして消えていく。 言葉は扉の前で立っている二人組にも聞こえていることだろう。 ウェールズはトリステインに亡命したが、実際は人質と変わらない立場にいた。 だがそれでも構わない、アルビオンに戻れなくても仕方がないと言った。 今のウェールズは、アルビオンの王子としてではなく、アンリエッタの恋人としての責任感の方が強かったのだ。 「アンリエッタは、君が『土くれのフーケ』と戦って死んだと聞いて、酷く憔悴したそうだね。 僕の父、ジェームズ一世は厳格だった。昔はそれも行き過ぎて、血を分けた兄弟である大公を、何らかの理由で粛正したこともあったよ。 その時、僕の教育係だった人と、乳母は巻き添えになったのだ、僕はそれが今でも許せない。 だが、友人を、愛する人を失ったからと言って、取り乱してはいられないのだ、生き残った人間でなければ教訓は生かせない。 悲劇を繰り返さぬように努力するのは、いつでも生きた人間なのだ、悲しみを捨てることは出来ずとも、乗り越えることは出来る、それが人間の賛歌なんだ! 親しい人を亡くすという経験は、誰にでもつきものだ、ありふれている。ありふれているからこそ苦しいのだ、ありふれているからこそ、それを乗り越えて欲しい。 僕はアンリエッタに辛く当たっている訳じゃないんだ…僕だって、アンリエッタを欲しいと思っている。 今の僕は亡霊だ、アンリエッタのために、礎になろうと決心したのだよ、だから言葉もきつくなってしまうんだ…」 一通り喋ると、ウェールズはソファの背もたれに寄りかかって、背を伸ばす。 「アンリエッタ…」 天井を見上げて、ウェールズが呟いた。 その呟きにどれほどの思いが込められていたのか、ルイズには判らなかった。 だが、ギィ、と音を立てて半開きの扉が開かれ、何者かが入室してきた時、これから起こるであろう出来事は想像できた。 「ウェールズ、様…」 突然聞こえてきた声に驚き、ウェールズが声の方を振り向く。 すると、そこにはアンリエッタが佇んでおり、うるんだ瞳でウェールズを見つめていた。「…アンリエッタ?」 ウェールズは驚き、ソファから立ち上がろうとしたが、酔いが回ってしまったのか足下がおぼつかなかった。 「私…私、ウェールズ様が…そんな風にお考えだとは知らなくて…私、ウェールズ様に愛想を尽かされたかと…思って…」 ぼろぼろと涙を流すアンリエッタ、その肩を、いつの間にかアンリエッタの背後に回っていたルイズが、軽く押した。 ルイズに促されて、アンリエッタはウェールズに近寄ると、大胆にもそのまま抱きついた。 ウェールズは、優しくアンリエッタを抱き留めると、泣きじゃくるアンリエッタの頭をそっと撫でた。 空気を読んだのか、廊下に出たルイズは、アンリエッタを護衛していたのであろう金髪の女騎士と目があった。 「貴公の話は姫殿下から聞いている、私は銃騎士隊のアニエス」 そう言って、新式のマスケット銃と、剣を下げた騎士、アニエスは、胸の前で剣を捧げる仕草をした。 「貴公なんて呼び方をしなくても良いわよ。私は『石仮面』、宮中では『影武者』とでも呼んで頂戴」 ルイズもまた、自己紹介する。 アニエスという人物のことは、あらかじめアンリエッタから聞いている。 アニエスは、ルイズが『ラ・ヴァリエール』であることは知らないが、『石仮面』と名乗る『吸血鬼』であることは知らされていた。 「お手並みを拝見させて貰った」 アニエスがにやりと笑う、その笑顔が何を意味しているのか察したが、ルイズはあえてとぼけることにした。 「何の事かしら?」 「扉を半開きにしておいたのは、わざとだろう。姫様がここに来るのも予見していたようだしな」 「あら、知ってたなら、盗み聞きなんていけませんよと教えて差し上げれば良かったのに」 「教育係であればそうなのかもしれないが、私は騎士、姫殿下の卑しきしもべに過ぎない。姫殿下の行動には口出しできないさ」 「…ま、アルビオンに出かける前の置きみやげよ。友達としてのね」 そう言って室内を覗く。 よく見ると、アンリエッタはソファに座って、ウェールズを膝枕していた。 ウェールズは眠ってしまったらしく、アンリエッタはその髪の毛をそっと撫でていた。 ルイズの手には、アンリエッタの肩を押したときに、アンリエッタの頭から抜き出した『ルイズの髪の毛』が握られていた。 これはアンリエッタの脳に作用し、寂しさを増長させる元になっていたのだ。 アニエスもこれには気づいては居ない。 アンリエッタが”覚悟”を決められるようにと、ルイズも策を弄していたのだ。 そっと扉を閉じると、アニエスは周囲に人がいないのを確認してから、ルイズに近寄って耳打ちした。 「その、貴公は…吸血鬼だと聞いたが、本当なのか?」 ルイズは静かに首を縦に振った。 「長命に蓄えられた知識で、私の質問に答えて欲しい」 そう言うと、一枚の紙を取り出し、ルイズに手渡す。そこには『ダングルテールの大虐殺』と書かれていた。 「ごめんなさい、心当たりはないわ」 紙をアニエスに返すと、アニエスは訝しげに…しかし真剣に、ルイズを見据えた。 ルイズはその視線になにか陰があると察したが、あえて何も言わなかった。 「…失礼した、人よりも長く生きる知恵者なら、存じているかと思ったのだ、不快に思わないで欲しい」 「失礼ね、あたしまだ16よ」 「…!?」 凛々しいアニエスの表情が、崩れる。 驚いたと言うよりは、呆れているといった感じだ。 口を半開きにして、今にも「はあ?」とか言い出しそうだった。 それを見たルイズも、プッ、と吹き出して、くすくすと笑った。 拗ねるようなアニエスの表情が可愛くて、ルイズはまた今度からかってあげようと、心に決めたのだった。 To Be Continued→ 戻る 目次へ
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前ページ次ページルイズ殿の使い魔がまた死んでおるぞ! 「……我の運命に従いし、使い魔を召喚せよ!」 トリステイン魔法学院春の恒例行事、新二年生の使い魔召喚の儀式。 この通過儀礼は今年もつづかなく進行し最後の一人を残すのみとなっていた。 呪文の詠唱と共に起きたおびただしい煙と爆音が去り、生徒たちが声をあげる。 「あれは……人間か?」 「平民だ!『ゼロのルイズ』が平民を召喚したぞ!」 ──そこに現れたのは、一人の男であった。 黒々とした総髪に整った顔立ちは30歳前後かと思われるが、 肌はのっぺりと艶がなく血の気が薄く、異様に老成した印象をも与える。 衣服はその場に居合わせた者たちには見たこともない種類のもの──袴に裃──であったが 腰に剣を帯びていることからこの男がメイジではなく、あるいは異国の戦士階級に属していることが知れた。 大の字に寝そべった男は周囲の喧騒を知らぬかのようにぴくりとも動かず、くわと目を見開いてただただ虚空を睨んでいる。 「あっはっはっはっ!流石にルイズは期待を裏切らないわねぇ~よりにもよって平民を呼び出すなんて!」 「オチがついた所で早く終わりにしましょうよ。ねぇ先生?」 口々に囃し立てる生徒たちの声が聞こえぬかのように、ルイズとコルベールは現れた使い魔の姿を注視していた。 少女は屈辱と悲嘆に自失した様子で、教師は極度の緊張を面にあらわして。 つられて生徒たちも依然沈黙を保ったままの男へと視線を戻す。 「……なあ、もしかしてこの使い魔」 色白と見えた顔はますます血の気が引いて蝋のごとく。唇の端からは一筋の朱が落ちて草の上に固まった。 「死んでねぇか?」 墨を広げたように黒く、暗い闇の底であった。 人が眠りに落ちるときに見るそれを思わせたが、本来は似て非なる物。 なれど余人の死が覚めることのない眠りならば、この男の生は 終わることのない悪夢にしてかりそめの死は一炊のまぼろしに過ぎぬ。 解脱も救済も望むことかなわず、うつし世に縛られ続ける宿怨の子は今また黄泉の淵から舞い戻ろうとしていた。 男が目が覚ますと、すでに日は高く上っていた。 今日は里の女子を連れて山菜取りへゆく日であったろうか? 記憶が曖昧模糊として思うようにつかめない。 (むう……またしてもうっかり熊に出くわしたか、岩場で足を踏み外しでもしてしもうたか? 小四郎め、いつもわしが起きる頃合いには側に控えておれと言うておるに) 後で会うたらたっぷり絞ってやろう。 哀れな従者への文句を心中ひとしきり垂れてからあたりを見渡し、 ようやく男は己が身にふりかかった異変に気がついた。 「……どこじゃ、此処は」 「!おい、ルイズの使い魔が起きたぞ!」 「何ですって!?」 見知らぬ風景である。加えて畸形の多い鍔隠れの里にあっても見ることのできぬ 髪や目、肌の色をした少年少女らが半身を起こした己を遠巻きに眺めているのだ。 彼らの容貌はかつて安土で見た宣教師一行を思わせたが、 亡き太閤秀吉のバテレン追放令より30年余り。 長崎あたりでは今も南蛮商人が来航して商いをなし、あるいは地下に潜伏して信仰を守る宣教師がいるとも聞くが 伊賀国の奥地にいるはずの己がかように多勢の南蛮人と出会う機会があろうはずもない。 まあ要するに、何もわからぬ。ということがよくわかったのであった。 子供ばかりの中から唯一年かさの男が歩み寄り、慎重さを帯びた声をかけてよこした。 「もし……大丈夫ですか?」 間の抜けたような、それでいて重大な問いだったが男は平静な態度で応じることにする。 「わしの身ならば案ずるには及ばぬ。しかし……一体此はなにごとぞ?返答次第で容赦せぬぞ」 「──聞かれましたか、ミス・ヴァリエール。彼は問題ないそうですから儀式の続きを。 コントラクト・サーヴァントに移りなさい」 「はい……」 凄みを利かせた後半部分を故意に無視し、桃色の髪の少女を促すハゲ頭。 失望と安堵がない交ぜの表情を浮かべた少女の顔が男の紫色の唇へと近づき、微かに重なった。 「わたしはあなたの主人、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。 あなた、名前は?」 「……わしは伊賀のお幻一族、鍔隠れ十人衆が一人。薬師寺天膳じゃ」 慶長の世を生きていた伊賀忍者薬師寺天膳。 コントラクト・サーヴァントの後、主人を名乗る少女ルイズと学院教師コルベールより与えられた説明は 日頃は物事に動じぬ天膳を驚愕せしめるに十分なものであった。 己が伊賀甲賀はおろか日の本でさえないはるか異境に一瞬にして転移させられてきたこと。 その驚天動地の業が事もあろうに目の前の小柄な少女のなしたものであり、 事態を飲み込めぬうちに交わした誓約により少女と我の間に主従の契りが結ばれたこと。 先ほど刻まれた手の甲の呪印(彼らはルーンと呼んでいた)は 生々しい痛みを天膳に伝え、これが現実の出来事であることを雄弁に語っていた。 (空間を超える秘術……聞いたことがある。 わしが鍔隠れへと流れ着き伊賀の忍となる以前、四代将軍義持だか何だかが死んで 次の将軍をくじ引きで決めたの決めないの言ってた頃であった) 能楽を完成させた不世出の大芸術家・世阿弥。 芸事の極致は見るものと演者自身を別世界へと誘うことにあり。 能の秘奥を究めた世阿弥はついには演じることで時空を超越し、 また並行世界への移動をも可能にする秘術「刻渡り」に辿り着いた。 三代将軍義満の死により最大の庇護者を失った世阿弥は退けられ、おのが技を後世へと封じたが 義満在世中に演じられたその術は確かに室町の世と遠い未来とを繋いだという。 世阿弥の父観阿弥は伊賀服部家の出と言われる。あながち忍者と無関係でもないのだ。 (つまらぬおとぎ話と考えておったが、現にわしはこうして異なる世界におるのだ) この娘の魔法とやらは伝説の秘奥の域にまで達しているのか。 学院の廊下を歩く天膳は慄然とし、粛々と主人の背を追った。 さて、いかなる運命のいたずらか日本の忍者を使い魔にすることとなったルイズ。 一時の落胆と絶望から立ち直り、この天膳と契約を結ぶころには大分落ち着きを取り戻していた。 ドラゴンやグリフォンのような使い魔を呼び出すつもりが 死んだように倒れている人間の男が出てきた時はさすがに混乱したが、 召喚の儀式そのものを失敗するという恐怖に比べれば その平民が何事もなかったかのように起き上がり契約に成功した安堵の方が大きい。 残る問題は男が使い魔としての自覚を持って自分に仕えてくれるかどうかであった。 「およその事情は分かり申した」 一通りの状況把握を終えた天膳はおもむろに居住まいを正し、ルイズの前にひざまづいた。 「コルベイル殿には先程の無礼な物言いをお許しくだされ。不肖、この薬師寺天膳 ルイズ様を生涯の主と定め、身命を賭してお仕え致しましょうぞ」 平民の貴族に対するあり方としては当然ながら、恭しい態度に悪い気はしない。 「ここがわたしの部屋よ。今日からあなたもここで暮らすんだからちゃんと覚えておいてよね」 ルイズはそういった気持ちで自室へ使い魔を招き入れた。 「それじゃあなたはどこか別の世界から来たっていうの?信じらんない!」 「その通りかと存じまする。拙者は伊賀組の郷士にて細作(しのび)の業を生業としており申した」 天膳は先程から部屋の床に正座し、神妙な顔でルイズのする質問に答えている。 もとよりこの天膳、眼前の小娘そのものにはかけらも敬意など持ってはおらぬが 伊賀の忍として超常の術のおそろしさは良く知っている。それゆえすでに己がルイズの術中に嵌まっている…… 使い魔の印を刻まれたことを警戒し極力つつしみ深い態度を装っている。 もっとも代々の伊賀の頭領に忠実な顔を見せながら裏で策謀を巡らせてきた身にはさして難事ではない。 (ひとまずこの娘には従うふりをしておき、かけられた術より逃れる法を探るが先決。 鍔隠れへ戻るも戻らぬもそれからじゃ) 「いやはや拙者もこの成り行きには驚いておりまする。ルイズ様の妙術、まっこと感服いたすばかりにて」 「ふ、ふん!別にサモン・サーヴァントくらい大した魔法じゃないわよ。 じきにもっと凄いのを見せてあげるんだから」 こうして、薬師寺天膳のハルケギニア最初の夜は更けていったのであった。 そうこうする内に、ルイズも眠気を覚え始める頃になった。 「それじゃあわたしはそろそろ寝るから。話はまた時間のあるときにするわ」 夜着に着替えることにしたルイズは目の前にいる使い魔に構わずぽんぽんと服を脱いでゆく。 これが現代日本からやって来た高校生男子ならばこの状況に赤面し、ルイズの行動を止めたであろう。 しかし天膳は眉一つ動かすことなく少女の肢体に視線を走らせた。 (公卿の子女は湯浴みも手水も人任せにするゆえ羞恥の心が薄いと聞くが… この娘、貴い生まれというのは確かなようじゃな) Y十Mで鎖鎌使いのじいさんが言ってたから間違いない。 未発達ながら子供と女の中間を漂う少女の体のラインは艶めかしく、 目に珍しい南蛮風の装束と相まって伊賀の女とは違う魅力を醸し出し… ──忍法帖シリーズにおける男女の関係とは基本的に、男が女を手籠めにするか エロ忍法で返り討ちにあって死ぬかの二つに一つである。 まっとうな恋愛もないではないがまず100%結ばれないまま片方もしくは両方が死ぬ。 ごくまれに負傷した青年忍者(童貞)が母性本能を刺激されたお姉さんキャラに キスして貰えたりもするが、実はそれも敵の罠でやっぱり死ぬ。そんな世界観である。 (小四郎、哀れな男よ…わしは男子として悔いの残らぬ生を全うしたい) 数分前までルイズの魔法が未知だから大人しくしていようとか考えていたのはすでに忘れている。 この薬師寺天膳、山風ワールド屈指のヴィランにして エロスのためなら好機も命も投げ捨てる困ったちゃんなのであった。 「ルイズ様。それがしがお手伝い致す」 天膳は床から立ち上がり、衣装棚の前に屈みこんだ下着姿のルイズの腕を掴んだ。 「えっ!?ちょっと、別に要らないわよ!」 着替えといっても後は寝巻きに袖を通すだけだ。 制服の着付けのようにわざわざ下僕に手を出させることでも無い。 何よりルイズの手首を締め付ける力は異常なもので、本能的な恐怖さえ覚えた。 「遠慮なさる事はない!主君の身の回り全てを取り計らうは臣下の務めなれば…」 ついさっきまでの忠実な使い魔の顔は微塵もない。ルイズの身体を強引に引っ張り ベッドへ押し倒したその目はすでに主従を越えた雄獣の目であった。 「男と女が互いを知り合うに如何な忍法もその身を抱くに遠くおよばぬ…! よいではないか!よいではないか!」 「何すんのよこのぉ……バカ犬ぅぅぅっっ!!!」 ……天膳はルイズの体力を小娘と侮り、油断していた。そして忘れていた。 山風作品に限らず、悪人にエロシーンが与えられるのは最悪の死亡フラグであることを…… 戒めの緩んだ一瞬を見逃さなかったルイズの蹴りが天膳の顎を打ち抜く。 ベッドの上からひっくり返った天膳の後頭部は鈍い音を立てて固いテーブルの角と運命の出会いを果たした。 「アンタは外で寝てなさい!このバカ!」 フラフラと立ち上がった天膳を勢い良く扉の外へと蹴り出し、鍵をかける。 物分かりが良いように見えてもやはり野良犬は野良犬、明日から厳しく躾をしなくてはならない。 …天膳が向けたおぞましい意思を理解できなかったのか、無意識に理解するのを避けたものか。 着替えを済ませたルイズはそんな事を考えながら改めて寝床についた。 「いやぁぁぁ!!廊下でヴァリエールの使い魔がまた死んでるぅーー!!」 翌朝になれば学院中に響くけたたましい叫びとともに最悪の目覚めを迎えることになるのだが、 長い一日を終えたばかりの少女には知るよしもないことであった。 前ページ次ページルイズ殿の使い魔がまた死んでおるぞ!
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アンリエッタ王女は、薄暗い私室のカーテンを開けようと杖を手に持ったが、カーテンを開けぬまま杖を下ろした。 まだ日は高いというのに薄暗い部屋は、彼女の心そのものだった。 十七歳の少女としての自分は、ルイズを友達だと思っている。 しかし王女としての自分は、これからルイズに困難な任務を押しつけようとしている。 水晶のついた杖をいじりつつ、子供の頃のことを思い出す。 『杖を手持ち無沙汰に扱うのはみっともない行為です!』 ルイズと一緒に怒られた、懐かしい思い出だった。 昨日、隣国のゲルマニアに向けて送り出された使者は、アンリエッタとゲルマニア皇帝との婚約を正式な物とする手紙を携えている。 水面下ではアンリエッタとゲルマニア皇帝の婚約、そしてトリスティンとゲルマニアの軍事的な同盟がほぼ決定している。 それをわざとらしく手紙で知らせることで、”感動的な婚約”とやらを演出しようと言うのだろうか。 アンリエッタがゲルマニアに嫁げば、ルイズと友人の関係を維持したまま顔を会わせることは不可能になってしまうだろう。 アンリエッタは、本日何度目か分からないため息をつきながら考える。 ルイズなら主従の関係であっても、私の本心に気づいてくれるはず… しばらくしてメイドの一人が、アンリエッタに何かを伝える。 アンリエッタは無言で頷くと、メイドは廊下に待機していたもう一人のメイドと入れ替わり出て行った。 「姫様!」 「ルイズ!ああ、ルイズ。貴方には本当に苦労をかけてしまったわ。私のわがままでこんな格好をさせてしまって!」 二人きりになった途端、アンリエッタはメイドに抱きついた。 メイドの正体は言わずとも分かるだろうが、変装したルイズである。 「どうかお顔を上げてください。私は、姫殿下のいやしきしもべに過ぎませ…」 「そんな言い方はしないで!」 アンリエッタが今までとは違う。何か別の悲しみを含んだ声を上げた。 姫は、涙を流していた。 アンリエッタの部屋の奥、寝室のベッドの上で、二人は子供の頃の思い出と同じように並んで座った。 「ルイズ…わたくしは、ゲルマニアの皇帝に嫁ぐことになったのです」 「ゲルマニアですって!」 ゲルマニアが嫌いなルイズは、驚いた声をあげた。 「…しかたがないの。同盟を結ぶためなのですから」 アンリエッタは、ルイズにハルケギニアを取り巻く情勢を話し始めた。 アルビオンの貴族たちが反乱を起こし、王室打倒が画策されているということ。 反乱軍は次にトリステインを、その次にはゲルマニアの王室を打倒しようと目論んでいること。 アンリエッタがゲルマニア皇帝に嫁ぐことで、トリスティンとゲルマニアの同盟を結び、アルビオンの反乱に対抗しようとしていること。 アンリエッタは口には出さなかったが、ゲルマニアとの結婚を望んでいないのは明らかだった。だからこそ、ルイズは何も言えなかった。 「姫さま……」 「王族が、好きな相手と結婚するなんて、夢の中ですら許されないのですから」 寝言で使用人を呼んだ婦人に腹を立て、使用人を罰する貴族もいるのだ。 それを揶揄しているのだろうかと考えたが、アンリエッタの話は揶揄どころの話ではなかった。 「ゲルマニアの貴族はわたくしの婚姻をさまたげるための、ある材料を捜しています…おお、始祖ブリミルよ……、この不幸な姫をお救いください……」 アンリエッタは、顔を両手で覆うと、肩を振るわせた。いつもならその仕草に驚き、アンリエッタを心配するはずのルイズは、自分の内心が冷めているのを感じていた。 「姫さま。姫さまのご婚姻をさまたげる材料ってなんなのですか?」 ルイズは静かに、真剣に話しかけた。アンリエッタは両手で顔を覆ったまま呟く。 「……わたくしが以前したためた一通の手紙なのです。それがアルビオンの貴族たちの手に渡ってしまったら、それをゲルマニアの皇室に届けることでしょう」 「それは、どんな内容の手紙なのですか」 「ごめんなさい、ルイズ。それは貴方に言うことは出来ないのです。もしその手紙がゲルマニアの皇室に渡れば、婚姻はつぶれ、トリステインとの同盟も崩れ…いえ、ゲルマニアやガリアの手で、トリスティンはアルビオンを消耗させる材料にされてしまうかもしれないのです…」 ルイズは、静かに、しかし力強く、アンリエッタの手を握った。 「姫さま…私への密命は、その手紙のことなのでしょう?」 顔を覆っていた手をルイズに握られ、泣き顔を隠せなくなったアンリエッタはルイズを見た。 そこには、いつになく真剣な表情の、アンリエッタの初めて見るルイズが居た。 一瞬の驚きの後、ルイズのまなざしに、アンリエッタは恐怖を感じ、ルイズの手をふりほどいた。 「あ…! わたくしは、なんてことを、なんてことを…わたしは、おともだちに、こんな、ああ、ルイズ、許して!」 アンリエッタはベッドのカーテンにしがみつき、ルイズへの謝罪を続けた。 カーテンが締め切られ、灯りと言えば窓枠周辺から反射して入り込む日の光。 そんな薄暗い部屋の中で見たルイズの瞳は、まるで白金でできた鏡のようにアンリエッタを映した気がした。 それに驚いたアンリエッタは、矛盾に気付いてしまったのだ。 友達としてルイズを頼ろうとしていたアンリエッタは、自分のしぐさが、芝居がかかったモノだと気付いてしまった。まるで同情を買うかのような仕草をした自分が急に恥ずかしく、そして後ろめたくなったのだ。 生まれてから17年、王族としての威厳を備えた祖父王と父王の姿は目に焼き付いている。 それと同時に、華美な言葉を並べ立てて、王族に取り入ろうとする貴族達と、王族の権威を利用しようとする者達を見てきたのだ。 いつの間にか自分にまで染みついていた『謀略』の知識を、ルイズにまで向けてしまった。 アンリエッタはそれが悔しかった。 ルイズは薄暗い部屋の中でも、アンリエッタが悲しみ、そして苦しんでいることが理解出来た。 友達だからこそ理解出来る。いや、友達だからこそ理解出来なくてもいい。 アンリエッタは、貴族達の謀略にまみれて育った、貴族の誇りや責任感を利用して人を扇動する技術も、自然と身につけてしまったのだろう。 だからルイズはアンリエッタの仕草が演技だったとしても悔しくはない。 『騙されても良い』と考えたのだ。 「ラ・ヴァリエール公爵三女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが、貴族として申し上げます」 アンリエッタは、今までに聞いたことのない程の、凛々しいとも言えるルイズの言葉に驚いた。 「始祖ブリミルより血を分けしトリスティンに仕える貴族は、決して失望致しません」 「貴族は、貴族にとって都合の良い猊下(げいか)を祭り上げるものでは決してありません。姫殿下の行為が、トリスティンに危機を招くものだとしても、貴族はその誇りをもって始祖ブリミルに仕え、王家を守護し、領民を守るものだと断言致します」 そして今度は、呆然とするアンリエッタの手を強く握り、語りかけた。 凛々しい表情から一変して、笑顔を見せるルイズ。 「でも今は、アンの友達として、私に出来る限りのことをするわ。だって、私にしか頼めないと思ったから私を呼んでしょう?」 「小さかった頃、魔法を使えない私に、壊れかけた小舟を動かさせて、沈みそうになって、お父様と教育係に叱られたこと、覚えてるでしょ?」 「アンは、実は無茶なことをするお姫様だって知ってるわ!知ってるから、だから泣かないで!」 ルイズの笑顔にアンリエッタは涙を流した。 小さい頃から慣れ親しんだ『おともだちのルイズ』が、そこにいたのだ。 彼女は悲しみではなく、喜びを涙した。 その夜、アンリエッタは子供の頃の夢を見た。 このところの執務と心労が、彼女の眠りを妨げていたが、今日ばかりは違った。 遊び疲れて眠ってしまった子供のように、枕を抱きしめて、つかのまの幸せな夢を見ていた。 ルイズは、憧れの人との再会して抱擁を受けたことと、友達としてアンリエッタと語らうことが出来たことと、覚悟を決めたアンリエッタから重大な密命を受けたことに興奮し、なかなか眠れなかった。 あんまりにも眠れないのでトイレに行った。 キュルケとタバサが居た。 翌日から三人一緒にトイレに行くことになった。 幽霊騒ぎは三人の絆を深めたのかもしれない。 『…やれやれだぜ』 前へ 目次 次へ
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ここ常春の国、マリネラは…… 「パタリローーーーー!!!!!」 「マライヒさん!落ち着いてくださうぎゃあああああ!!!」 「ああ!82号が殿下の盾にされた!」 「早く黒タマネギ部隊、いやプラズマXを呼ぶんだ!」 「カリメロ君、じゃなくてパタリロ君、素直に謝ろう!このままでは全滅だ!」 「死ねぇ!」 ごきゃあ!! 「ぬわあああ!?」 「殿下、ヒューイットさんにブリーカーを仕掛けてどうするんですか」 「ロリコン幻人であるという理由だけで十分だ」 今、未曾有の危機に襲われていた! 「科学班!麻酔弾の用意はまだなのか!?」 「おーい、持ってきたぞ」 「よくやった……って、ん?」 その麻酔弾?はどう見ても手術用の注射器で、しかも持ってきたタマネギはどう見ても手術中の医者の格好である。 「さっきまで何をしていたんだ?」 「93号の盲腸の再手術だけど」 つまり、麻酔が必要だから持ってきた=93号は手術途中で放置されたということである。 ついでに言うなら93号は以前も盲腸の手術途中で放置されたことがある。 「返してこい」 へーい、と言って“歩いて”帰っていく医者タマネギ。哀れな93号の退院の見通しはまだまだ当分先の事だろう。 事の発端は数週間前に遡る。ある事件をきっかけに活動を休止していたテロ組織・タランテラの活動再開の情報が確認され、タランテラと因縁の深いマリネラ・イギリス・アメリカ・ロシアで共同戦線を張ることになったのだ。 で、いつも通りパタリロが敵味方関係なく掻き回して、マライヒがパタリロを殺して、ミハイルがなんとかカバーして、ヒューイットが肝心なところでミスって、バンコランが美味しいところを持っていって、復活したパタリロにミハイルを除いた3人が粛清を加えてさあ帰ろう……としたところでバンコランが消えたのだ。 最初は、というか当然誰もがパタリロの仕業だと思って詰問を始めたのだが、今回ばかりは濡れ衣なのでパタリロも「何も知らない」と言うかと思いきや、 「どうせバンコランの奴は今頃どこかの美少年と元気によろしくやってるんじゃないか」 と要らん爆弾発言をしたためマライヒが暴走。嫉妬と言う名の無限を超えた絶対勝利の力が炸裂し、かくして冒頭の誰も挑みたくない惨劇が繰り広げられる事となったのだ。 結局、麻酔弾を撃つ予定のヒューイットが昏倒してしまったので、スーパーロボット・プラズマXが現場に到着してマライヒを取り押さえるまで被害は治まらなかった。この時の修繕費を補填しようと「ぼったくり大使館」の再現を行ってまた吊るし上げられるのはまた別のお話。ちなみに治療費は各自負担である、ケチ。 縄で縛り上げられて吊るされたマライヒとそれを呆れ顔で見上げるミハイルを背景に、事態の検証を始めたのだが。 「それより殿下、本当に知らないんですか」 部下の第一声が主君を疑ったものというのが、パタリロの日頃の行いを示しているというものだ。 「失礼な、僕を疑うのか!」 「何故やったんですか!」 「太陽が眩しかったからなんだー!」 パタリロの犯行を否定→自白の不可解自爆コンボが炸裂する。 「者ども出あえ出あえー!曲者じゃー!」 「ええい、放せ!武士の情けじゃあ!」 「なりませぬ!殿中にござる!殿中にござる!」 タマネギ達はタマネギ達でいつの間にか江戸時代スタイルに着替えて取り押さえにかかっている。 「冗談はさておき」 忠臣蔵を始めた主君から離れた位置にいたタマネギ達が冷静に議論を続ける。 「あの様子じゃ殿下の仕業じゃないみたいだな」 アホでケチでつぶれ饅頭でへちゃむくれで顔面殺虫剤ではあるが自分達の君主がどういう人物かタマネギ達は分かっている自信……はまったく無いが、少なくとも今回はそうだと判断した。パタリロは悪戯を隠すような真似はしない、むしろ周りを巻き込んで更に事を大きく悪化させるはずだからだ。はた迷惑な話である。 ちなみにその君主は松の廊下事件の後に赤穂浪士の討ち入りによる池田屋事件を経てラスプーチン及びロシアをバックにつけた朝廷と、暗殺を逃れてアメリカに亡命した蘇我入鹿の率いるペリー艦隊による睨み合いをしている。黒幕は邪鬼王でアンドロメダ流国と昆虫人類の代理戦争らしい。どういう会話をすればそういう流れになるのか。 「でもそうだとするとおかしいな」 「おかしきゃ笑え」 はっはっはっはっはっはっはっ。 「笑うな!」 「突っ込むな!」 訂正、こいつらも全然冷静じゃなかった。いや冷静だからこそ手に負えないのかもしれない。まさにあの君主にしてこの部下あり、と言うべきか。 ノリノリでボケとツッコミの永久機関を続けるアホ主従を見てミハイルは引き攣った笑いを浮かべた。出番の少ない彼にとってマリネラの頭まで常春のやりとりは馴染めないものなのだろう。馴染めたらそれはそれでまずいが。 「まあ、とにかく……問題はそこなんだ」 「どこだ」 あらぬ方向に視線を向けるパタリロ。無視するのがベストなんだがパタリロとの付き合い方の経験が少ないミハイルはそんな事も露知らず、律儀に最初から説明し直す。 「だから問題は―――」 「だからどこだ」 何とか話を元に戻そうとするミハイルと、何となく話を脱線させようとするパタリロ。幾度かの繰り返しのあげく、 「まったく君はどういう耳をしているんだ!」 「こういう耳」 「ぬがーーーーー!!」 と常套のボケをかまされ、さしもの「氷のミハイル」も烈火のごとく怒り(体温のことだけど)、毒塗りのダートが雨あられとパタリロの脳天に突き刺さる。が、致命傷にも関わらずパタリロはニヤニヤと不敵な表情を崩さない。 「な、何!?」 「ふっふっふっ、残像だ」 背後から聞こえる声に振り向くが姿は見えない。視線を今しがた残像と言われた方向へ向けるとそこにはダートの突き刺さった丸太……でなく身代わりにされたタマネギが倒れて痙攣していた。ひでぇ。 パタリロの走る時のカサコソという音で周囲にいるのは分かるが姿が見えない、まさにゴキブリ走法!だがミハイルとてKGBのエリート、レギュラー降板したとは言え負け続けるわけにはいかない。 「バンコラン少佐に聞いた方法だけど、本当に効くのかな」 そう言って懐から1円玉を取り出し、それを床に落とす。忠臣蔵騒動の喧騒の中ではチャリーンという子気味良い小さな音が響くはずもない。ていうかまだ続いてたのか。 が、カサコソという音が一瞬止まったかと思うと、ミハイルの前を一陣の風が吹き、ワンテンポ遅れてビュン!と風を切って走る音が耳に届く。早すぎて音が追いついて無いのだ。 「これは僕のものだー!誰にもやらないぞー!」 超人的な身体能力と超人的なドケチぶりを披露して床の一円玉にへばり付く一国の王めがけて、毒塗りのダートがあやまたず突き刺さった。 「これはもう使えないな」 「痔が、痔が治ったばかりの体にこれは……!」 パタリロに突き刺さったダート……正確には突き刺さった場所を見てミハイルが呟く。どこに刺さったかは苦悶の台詞からお察し下さい。 「で、どういう事か説明してもらうよ」 やっと冷静さを取り戻したマライヒがナイフを片手にのた打ちまわるパタリロに詰め寄る。無論、マライヒとてナイフが効かないことは百も承知。なにせ頭を銃弾で貫かれても正露丸で直ってしまうのだから。痛めつける事が目的かというとそうでもない。一時期はかなりどMな言動をしていたこともあったのだ、むしろ刺したら喜ぶかもしれない。では何が目的かというと、単なる憂さ晴らしである。 「では説明しましょう」 ころっと立ち直って手持ちの変装の1つ、シバイタロカ博士に変装するパタリロ。思わぬ切り替えの早さにマライヒとミハイルだけでなく、何故か明鏡止水の境地でアクシズを押し返そうとしていた赤穂浪士ことタマネギ達もずっこける。引っ張って突き落とす、パタリロの持つ「高度な放置プレイ」の本領発揮である。 シバイタロカ博士のよくわかる解説 「マリネラの位置はバミューダ・トライアングルのど真ん中にあります。そのせいか時間と空間が歪んでいましてな、大西洋上にも関わらず時差計算は日本と同経度になりますし、常春の気候になると言われております。バンコラン君の消失もそれが原因でしょう。私の計算によりますと、さきほど彼がドアを開けようとした瞬間、偶然そこに時空の歪みが出来たようで、それに吸い込まれてしまったのでしょう」 「で、彼は無事なのだろうか」 本題に戻るまでに物凄く精神的・肉体的に疲労したミハイルが諦観を抑えて質問する。 「検討もつかないな。以前僕が平行世界に跳ばされた時は物理法則そのものが違っていた。バンコランが跳んだ先が生物が生存できる環境である保障はない」 パタリロも元に戻って珍しくシリアスに説明する。 「じゃあ、バンコランは……!」 「落ち着けマライヒ、絶望的であるとも限らない。少なくともこの世界からあまりにもかけ離れた世界に跳ぶとは思えない。恐らくいくつかの共通点を残した世界にいるのだろう」 ただ、と付け加える。 「帰ってこれるかどうかと言うと、無理だろうな」 いくら平行世界が可能性の分岐といえども、平行世界を超える技術を持った世界がある確率は限りなく低いだろう。ましてバンコランは現実主義者。自分が異世界にいるなどと思うわけがない。思わなければ帰ることもない。 「助けに行かないと!」 「しかし、どうやって……」 血色を変えるマライヒに疑問を挟むヒューイット。今頃目覚めたのか。 「ふっふっふっ、僕を誰だと思ってる」 と自信満々に胸をそらすパタリロ。パタリロは生身で異世界への転移はおろか時間移動さえ出来るのだが、タマネギを率いて悪事、でなく活動する必要が度々あったために誰でも移動可能な装置を開発していたのだ。先ほど言った「限りなく低い確率」に自分のおかげで当選していたんだぞ?と言いたいのが見え見えのパタリロに対し、マライヒ達は顔を見合わせると。 「つぶれ饅頭」とマライヒ。 「へちゃむくれ」とヒューイット。 「顔面殺虫剤」とミハイル。 「ケチで吝くてしみったれの吝嗇家」とタマネギ達。(全部同じ意味) 容赦なくこき下ろした。
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歪魔ルイズ・プロア(Louiz) 加入条件 AP04、「歪魔を探そう」イベント終了 ステータス 種族 防御属性 武器 鎧装備 雇用費 悪魔 暗黒 杖 X -- LV HP 物攻 物防 魔攻 魔防 命中 回避 所持 待機 70 58 58 45 39 27 140 60 7 7 100 94 76 61 50 36 149 72 7 7 120 118 88 72 58 42 155 80 7 7 スキル スキル名 初期 種別 効果 備考 連撃 +5 攻撃 攻撃時に確率で同じ行動を連続で行う +9で発動率20% 魅了 +4 攻撃 攻撃時に対象の行動を遅らせる +9で9F お調子者 +6 攻撃 CHAIN発生時、1CHAIN毎に攻撃力上昇 +9で物攻+10魔攻+10 見切り +5 防御 被攻撃時に確率で間接ダメージを無効化 +9で発動率30% 反射 +5 防御 被攻撃時に確率であらゆる攻撃ダメージを跳ね返す +9で発動率20% 歪魔 +7 条件 +値に応じて行動追加 杖使い +7 条件 『杖』が装備可能 行動 条件 分類 名称 距離 種別 属性 硬直 範囲 効果 回数 +1 +2 +3 +4 +5 +6 +7 +8 +9 歪魔 必殺 爆裂ミョウギ 間接 攻撃 火炎 5 縦5×横5 物攻+15 命中+30 12 14 16 18 20 23 26 30 34 爆裂オウギ 8 物攻+30 命中+60 - - 8 10 12 15 18 21 24 爆裂究極オウギ 12 物攻+45 命中+90 - - - 5 7 10 13 16 22 魔法 連続闇弾 間接 攻撃 暗黒 8 縦1×横1 魔攻+12 命中-5 10 12 14 16 18 21 24 27 34 獄滅暗黒槍 12 魔攻+24 命中-5 - - 4 5 6 9 12 15 24 ティルワンの死磔 18 縦5×横5 魔攻+36 命中-5 - - - 2 4 7 10 13 18 特徴 エウ伝統の空間を歪め操る上位魔族「歪魔」 伝統芸なので、今回もやっぱり歪魔チート。 セリカと並ぶ待機7に加え、魅了+爆裂ミョウギ(火炎・5×5・硬直5)という、ゲーム仕様を全力で味方につけた胡散臭さ全開のチートキャラである。 火炎が効きづらい相手にはティルワンの死磔(暗黒・5×5・硬直18)で対応できる。5×5を2属性持つのは味方ユニットの中でもルイズだけ。 回避も異様なほど高く、初期装備を鍛えるだけで余裕で100を超える始末。 伝統的に低い設定になりがちなHPも、本作仕様だと全く弱点にならない。 唯一の弱点は武器が「杖」ということ。基礎ステータスは物攻寄りだが、杖装備のため物攻が上がりにくく、単純に火力という意味ではそこまで異常なものにはならない。 …と思いきや、実際には「お調子者」の効果でCHAIN時ダメージが跳ね上がるため、これすら弱点にならない。少しは自重しろ。 専用レア武器は杖、欲望の聖杖(SR・無属・物攻77・魔攻127・命中60・精気吸収+9)と歪姫の秘杖(UR・暗黒・物攻40・魔攻99・命中70・大物殺し+9)。 例によってSRの方が性能が高い。初期待機の速さと精気吸収+9の相性は抜群で、戦闘する度にHPがモリモリ回復していく。物攻も杖の中では一番高い。
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ルイズ達が目指しているのは、港町ラ・ロシェール。 トリステインから馬を走らせれば二日、空に浮かぶ大陸『アルビオン』への玄関口として知られている。 港町とは言っても海に面しているわけではない、いや、空を海に例えれば間違いではないが。 そのラ・ロシェールの酒場で、アルビオンへ行こうとする傭兵達が集まり、前祝いをしていた。 「アルビオンの王さまはもう終わりだね!」 「ガハハ!『共和制』ってヤツの始まりなのか!」 「では、『共和制』に乾杯!」 そう言って乾杯しあう傭兵達、彼らは元はアルビオンの王党派についていた傭兵達だが、王党派よりも良い待遇で貴族派が雇ってくれると知って、王党派を裏切った。 彼らは王党派を離脱すると、貴族派に付いて各地の傭兵達を集めた、この酒場に残っている傭兵達は、言わば連絡役なのだ。 ひとしきり乾杯が済んだとき、酒場に仮面を付けた男が現れた。 男は傭兵達に近づき、料理の並ぶテーブルの上に重そうな袋を置く、すると重みで口が開き、金貨が顔を見せた。 「働いて貰うぞ」 傭兵達はその男を不審に思ったが、袋に書かれているマークがアルビオン貴族派のものだったので、にやりと笑って頷いた。 一方、魔法学院を出発したルイズ達は、ワルドの乗るグリフォンの早さに驚いていた。 ロングビルとギーシュの乗る馬は、途中で二回も交換した、しかしワルドのグリフォンは疲れを見せずに走り続ける。 長時間馬を駆るのは乗り手にとっても大きな負担だが、ワルドとグリフォンはまったく疲れた様子を見せない。 「ちょっと、ペースが速くない?」 ワルドの前に跨ったルイズが言った。 ルイズはワルドと雑談を交わすうちに、学院で見せるようなくだけた口調に変わっていった、ワルドがそれを望んだためでもある。 「ギーシュもミス・ロングビルも、へばってるわ」 ワルドが後ろを向くと、ギーシュはまるで倒れるような格好でへばっている、ロングビルは明らかに表情に疲れが出ている 「ラ・ロシェールの港町まで、止まらずに行きたいんだが……」 「普通は馬で二日かかる距離なのよ、無理があるわ」 「へばったら、置いていけばいい」 「そういうわけにはいかないわ」 「ほう、どうしてだい?」 ルイズは、困ったように言った。 「だって、仲間じゃない。それに……」 何かを思い出そうとして、結局そこで口をつぐんだ。 ルイズの頭に、古い宮殿での記憶が引き出される。 ある目的を持って二手に分かれたが、それが二人を見た最後だった。 三人いるはずの別チームが、再会したときは一人に減っていた。 炎の使い手と、砂の使い手、その二人を助けられなかったことをずっと悔やんでいる。 その記憶に引きずられたルイズもまた、仲間と離れるのは怖いのだ。 「やけにあの二人の肩を持つね。もしかして、彼はきみの恋人かい?」 「あ、あれが…? 冗談じゃないわよ」 ルイズは苦虫をかみつぶしたような顔をした。 「ならよかった。婚約者に恋人がいるなんて聞いたら、ショックで死んでしまうからね」 「お、親が決めたことじゃない」 「おや?ルイズ!僕の小さなルイズ!きみは僕のことが嫌いになったのかい?」 過去の記憶と同じおどけた口調で、ワルドが言った。 「何よ、もう、私、小さくないもの。失礼ね」 ルイズは頬が熱くなるのを誤魔化すように、頬を膨らませた。 グリフォンの上でワルドに抱きかかえられながら、ルイズは先日見た夢を思い出していた。 生まれ故郷の、ラ・ヴァリエールの屋敷で、困っているときは、いつもワルドが迎えにきてくれた。 だが、そこに現れる白金の光、光は徐々に人型をして、屈強な戦士を思わせる姿に変わる。 薄いブルーの色をしたその戦士に抱きかかえられ、ワルドと対峙するルイズ。 その夢が何を意味するのか、今のルイズには分からなかった。 途中、何度か馬を替えたので、ルイズ達はその日の夜中にラ・ロシェール付近にまでたどり着くことができた。 町の灯りが見えたので、ギーシュとロングビルは安堵のため息をついた。 「待って!」 不意にルイズがワルドを制止した。 「どうしたんだい?」 「誰かいるわ…2……3人…」 そのとき、不意にルイズ達めがけて、崖の上から松明が投げこまれ一行を照らした。 「な、なんだ!」 「馬から下りなさい!」 慌てて怒鳴ったギーシュに、ロングビルは指示を飛ばす。 突然の事に驚いた馬が前足を上げたので、ギーシュは馬から落ちてしまう、そこに何本かの矢が飛んできた。 もの矢が夜風を裂いて飛んでくる。 「奇襲だ!」 「伏せなさい!」 ギーシュがわめくと同時に、ロングビルは地面を練金して泥の壁を作った、スカッと軽い音を立てて矢が突き刺さる。 ワルドは風の魔法を唱えて身の回りにつむじ風を起こし、矢を防いてでいたが、攻撃に転じようとしたときに別方向から一陣の風が吹いた。 同時に、ばっさばっさと羽音が聞こえた、その音に聞き覚えのあったルイズが崖の上に目をこらすと、六人ほどの男達が風の魔法に巻かれて崖から転がり落ちてきた。 「ほう」 感心したようにワルドが呟くと、がけの上から落ちた男達は地面に体を打ち付けてうめき声を上げた。 そして空には見慣れた幻獣…タバサの乗るシルフィードが姿を見せていた。 「シルフィード!」 ルイズが驚いて声を上げると、シルフィードは地面に降り、その上からキュルケが地面に飛び降り髪をかきあげた。 「お待たせ」 ルイズもグリフォンから飛び降りキュルケに怒鳴る。 「お待たせじゃないわよ! 何しにきたのよあんたたち!」 「あーら、助けにきてあげたんじゃないの。朝がた、あんたとギーシュが馬に乗って出かけようとしてるもんだから、急いでタバサを叩き起こして後をつけたのよ」 キュルケはシルフィードの上に乗ったままのタバサを指差した。 寝込みを叩き起こされたとは言え、パジャマ姿は何か面妖だ。 「キュルケ、あのねえ、これはお忍びなのよ?」 「お忍び? …まさかギーシュと駆け落ち?」 ルイズは笑顔になりながら杖を抜いた、その仕草にキュルケが冷や汗を流す、やばい、怒ってる。 こんな場所で爆発を起こされてはたまったものではない、これにはキュルケも謝った。 「ま、まあ冗談よ!勘違いしないで。あなたを助けにきたわけじゃないの」 キュルケはグリフォンに跨ったままのワルドににじり寄り、しなを作った。 「おひげが素敵なお方ね、あなた情熱はご存知?」 ワルドは、側に寄ろうとするキュルケを手で押しやる。 「あらん?」 「助けは嬉しいが、婚約者に誤解を受けると困るのでね、これ以上近づかないでくれたまえ」 そう言ってルイズを見つめる。 「こ、婚約者?…ふーん、ルイズにねぇ…」 キュルケはルイズを冷やかしてやろうかと考えたが、気が乗らない。 ルイズに微妙な戸惑いがある、と感じたからだ。 しばらくしてから、男達を練金の手かせで拘束し、尋問していたロングビルとギーシュが戻ってきた。 「子爵、あいつらは物取りだと言っていましたが」 「ふむ……、なら捨て置こう」 ギーシュの報告を受けて 先を急ごうとグリフォンに跨るワルドをルイズが制止する。 「ルイズ、どうしたんだ?」 「あいつら、グリフォンに乗ったワルドを見ていたはずだわ。それなのにたった三人で襲ってくるなんて…ねえ、キュルケ、上空から見ても三人だった?」 「あたしが見た限りじゃ三人よ、ね、タバサ」 タバサは無言で頷く。 「何か気になることでも?」 ロングビルの質問に、メイジ4人をたった3人で襲う野党がいるだろうか?と、ルイズが答える。 「貴族派に嗅ぎつかれているのかもしれんな…どちらにせよ、ラ・ロシェールに一泊するしか無い、朝一番の便でアルビオンに渡ろう」 ワルドは一行にそう告げた。 ルイズは腑に落ちないものを感じながらワルドに手を引かれ、グリフォンに跨った。 キュルケはシルフィードの上に乗り、本を読んでいたタバサの頬を突っつく、出発の合図らしい。 目の前の峡谷には、ラ・ロシェールの街の灯が怪しく輝いていた。 そしてルイズの中にいる『誰か』が、ワルドに対する警戒心を強めていた。 ---- #center{[[前へ 奇妙なルイズ-17]] [[目次 奇妙なルイズ]] [[次へ 奇妙なルイズ-19]]}